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TOPICS

SCA/HPCAsia 2026
~Everything with HPC - AI, Cloud, QC and Future Society~
取材レポート

HPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)に関する国際会議
SCA/HPCAsia 2026 大阪開催 独自レポート

2026年1月26日から29日の4日間、大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)にて、アジア最大級のHPC(ハイパフォーマンス・コンピューティング)国際会議「SCA/HPCAsia 2026」が開催されました。

本大会は、2018年にシンガポールで始まった「SupercomputingAsia (SCA)」と、1995年から30年以上の歴史を持つ学術会議「The International Conference on High Performance Computing in Asia-Pacific Region (HPC Asia)」が、⽇本で初めて合同開催したものです。これにより、⽶国のSC(The International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage, and Analysis)、欧州のISC(International Supercomputing Conference)に続く、アジア地域を代表するHPCに関する国際会議としての位置づけを明確にしました。


1. オープニングセッション:アジア最大、そして米国・欧州に匹敵する国際会議へ

オープニングセッション会場の様子

オープニングセッションで語られる
松岡 聡 先生

会議2日目に行われたオープニングセッションでは、SCA/HPCAsia 2026 General Chairの松岡 聡(まつおか さとし) 先生(理化学研究所 計算科学研究センター センター長)と、滝沢 寛之(たきざわ ひろゆき) 先生(東北大学サイバーサイエンスセンター教授)が登壇し、今大会の “共同開催の意義” と “SCA/HPCAsia 2026の役割” を明快に述べられました。

松岡先生は、SCA(SupercomputingAsia)が2018年にシンガポールで始まり、オーストラリアでの開催を含め、近年は「HPC・AI・量子」へと領域を広げてきた歩みを説明。一方でHPC Asia(The International Conference on High Performance Computing in Asia-Pacific Region)は1995年に学術会議としてスタートし、アジア各地を巡回しながら開催されている歴史が説明されました。今回、これら2つのイベント・学会が合同開催されたことで、アメリカの SC Conference(International Conference for High Performance Computing, Networking, Storage and Analysis)、欧州の ISC(International Supercomputing Conference)に並ぶ、「アジアを代表する計算科学・AI・量子コンピューティングの国際会議」が実現したことを強調されました。

キーメッセージ
  • 「SCA」と「HPC Asia」が共同開催
    米国や欧州の国際会議に匹敵する、アジアの研究・産業コミュニティのためのプラットフォームを確立へ
数字で見る、過去最大級のスケール
  • ■ 参加登録者数: 2,500名以上 (過去最多)
  • ■ 参加国数: 44カ国
  • ■ 論文投稿: 109件 / 採択: 36件(厳格査読)
  • ■ 展示: 102企業・機関(グローバルから集結)

また、本大会は単なる研究発表の場に留まらず、18th ADAC Symposium、HANAMI (EU-Japan Alliance in HPC)、The 8th R-CCS International Symposium、ACM Second Asian School on HPC and AI など、コミュニティ・産業連携・教育プログラムを同一会期・同一会場に集約した点が強調されました。研究成果の発表に加え、若手育成、企業との交流機会、国際連携の促進までを包括的に取り込むことで、SCA/HPCAsia 2026 では、アジアにおける次世代タレントの育成を極めて重視していることが表れていました。

取材者が見た “SCA/HCPAsia 2026 オープニングセッション”

松岡先生が語られた「アジアを代表する計算科学・AI・量子コンピューティングの国際会議」の言葉通り、会場はここから次世代のAI・HPCの研究・開発・進化が始まり、アジア・日本がその中心地なるという期待感が満ちていました。
また、会議開催にボランティアとして膨大な時間を投じた運営委員・関係者へ、深い謝意を述べられた場面も印象的でした。関係者に起立を促し、会場全体から拍手で賛辞を送る時間は、会議の規模が大きいほど協力体制が重要であることを示唆していました。技術革新の土台には、こうした数多くの方の協力・関わり・尽力が不可欠であることを再認識させられました。


2. 来賓祝辞:日・米・欧州・アジア・産学官を繋ぐ「歴史的パートナーシップ」

続く「来賓挨拶」は、形式的な祝辞にとどまらず、日米を軸に “AI for Science を国家戦略として推進する” という強いメッセージと共に、日本、米国、欧州、アジアの国際連携強化が協調されていました。

ここでは、来賓の方々からのメッセージのキーポイントをお伝え致します。

文部科学大臣
松本 洋平(まつもと ようへい) 氏 (ビデオメッセージ)

祝辞を述べられる 松本 洋平 氏

  • 本会議が、HPCを核にAI・量子計算など先端技術の発展と社会実装を議論する場であることへ期待。
  • 日本としてAI for Scienceを戦略的に推進し、それを支える次世代フラッグシップシステムの開発(開発コードネーム:「富岳NEXT」)を進めている。
  • 参加者同士の交流が研究開発を活性化し、国際連携をさらに前進させることへの応援メッセージ。
米国エネルギー省(DOE)
ダリオ・ギル 博士(Dr. Dario Gil)

祝辞を述べられる ダリオ・ギル 博士

  • 日本が初開催国となったことを祝しつつ、日米が歩んできた40年にわたる科学技術協力の歴史として位置づけ。
  • ジェネシス・ミッション(Genesis Mission、米国の国家的なプロジェクト)として、AIと量子の力で科学研究を加速させ、研究開発の生産性とインパクトを今後10年で倍増させる。
  • 高忠実度データ→AI学習→仮説→検証の反復により発見サイクルを短縮させ、従来「年単位」だった発見を「月単位」に短縮させる。
  • スーパーコンピューター「富岳」を擁する理化学研究所と長年協力してきた科学データの蓄積を踏まえ、ジェネシス・ミッションでも最重要パートナーとして連携を拡張したい意向を表明。
文部科学省 科学技術・学術政策局長
柿田 恭良(かきた やすよし) 氏

祝辞を述べられる 柿田 恭良 氏

  • AIが科学研究の実施方法を変えつつある現状を踏まえ、日本の高品質な研究データ・計算基盤・研究人材を活かしてAI for Scienceを推進していることを説明。
  • 米国エネルギー省(DOE)のジェネシス・ミッションと日本の取り組みを戦略的・相乗的にリンクさせる強いコミットメントを表明。
理化学研究所 理事長
五神 真(ごのかみ まこと) 氏

祝辞を述べられる 五神 真 氏

  • 計算(computation)の語源(ラテン語:computare)に触れ、「purare」の “不要なものを削ぎ落として構造を明確にし、確かな判断へ導く”という意味合いを提示。
  • さらに「com(共に)」が加わることで、「知を共有可能で普遍的な形へ整える」行為になると説明。
  • データが溢れる時代にこそ、AI for Scienceは 真の価値を抽出する技術 であり、科学の根源的な姿勢であるというメッセージ。
アルゴンヌ国立研究所(ANL) 副所長
リック・L・スティーブンス 博士(Dr. Rick L Stevens)

祝辞を述べられる リック・L・スティーブンス 博士

  • AIは急速に進化した一方で「まだ初期段階」であり、これから先は“今よりAIが減ることはない”と表現。
  • HPC(シミュレーション)・AI(知識抽出/仮説生成)・量子(量子世界への観測)を統合し、エネルギー・食料・水・大気などの大課題に挑む新しい科学的方法を作る必要性を強調。
  • 「HPC・量子・AI、そして社会」という本会議の掲げ方に触れ、技術が最終的に人の暮らしへ向かう重要性を提示。
重要発表:4者MOU(理化学研究所 × アルゴンヌ国立研究所(ANL) × 富士通 × NVIDIA)

4者MOU締結発表の様子

オープニングセッションでは、理研・ANL・富士通・NVIDIAとの間でAIおよびハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)分野における協力協定(MOU)が締結されたことが公表されました。本協定は、次世代計算基盤の構築と活用、システムソフトウエアおよび科学・工学向けのアプリケーション開発と評価、科学分野における高度なAI活用の推進を目的としています。

→ https://www.r-ccs.riken.jp/outreach/topics/20260127-1/index.html
欧州共同HPC事業体(EuroHPC JU)
アンダース・ダム・イェンセン 氏(Mr. Anders Dam Jensen)

祝辞を述べられる アンダース・ダム・イェンセン 氏

  • 欧州共同HPC事業体が、2018年の設立以来、欧州の科学技術主権を支える計算基盤・量子システム・技能エコシステムを整備してきたことを紹介。
  • 気候・健康・生命科学・材料・エネルギー・AI・デジタルツイン等への具体的インパクトに言及。
  • EU-Japanの協力関係(HANAMI等)を“信頼できる国際連携”として位置づけた。
  • → https://www.r-ccs.riken.jp/outreach/topics/20250612-1/
シンガポール国立スーパーコンピューティング・センター(NSCC Singapore) 運営委員会会長
クウェク・ギム・ピュー 氏(Mr. Quek Gim Pew)

祝辞を述べられる クウェク・ギム・ピュー 氏

  • SCAが2018年にシンガポールで始まり、現在はアジアの複数拠点が“共創”する地域プラットフォームへ発展した経緯を紹介。
  • アジア各国で新システムの稼働や商用AIデータセンターの拡大が進む中、国境を越えた連携(センターネットワークやHPCスクール等)が科学コミュニティの発展において重要になるというメッセージ。
取材者が見た “新しい科学の型”

「SCA/HPCAsia 2026」は、アジアを代表する計算科学・AI・量子コンピューティングの国際会議として、過去最大規模で開催されました。本大会が米国・欧州の主要会議に匹敵するアジアの研究・産業プラットフォームとして確立された意義を強調。2,500名超の参加者を迎え、次世代タレント育成の重要性も示されました。
来賓挨拶では、日米欧の連携による「AI for Science」の推進が主要テーマとなり、次世代フラッグシップ「富岳NEXT」の開発や、発見サイクルを劇的に短縮させる国家戦略が語られました。特に理研、アルゴンヌ国立研究所、富士通、NVIDIAの4者によるMOU(基本合意書)の締結は、HPCとAIの融合を加速させる歴史的な一歩と言えるでしょう。


3. 基調講演

3.1. 巨大AIを支える「Ultra Ethernet」ネットワーク

講演する トーステン・ヘフラー 教授

オープニングセレモニーに続く基調講演では、トーステン・ヘフラー(Torsten Hoefler)教授(スイス国立スーパーコンピューティングセンター(ETH Zurich))が登壇し、現代のAIデータセンターとHPCが直面する最大の課題――「スケールするネットワーク」について、実例と設計思想が語られました。

データセンターは、すでに「世界最大のスーパーコンピュータ」

テキサス州に存在する数百メガワット〜ギガワット級のAIデータセンターを例に、もはやデータセンターは単なるサーバ群ではなく、数万〜数十万GPUが一体となって動作する巨大な計算機。「今後、あらゆるデータセンターはスーパーコンピュータになる」

この変化を決定づけたのが、生成AIと大規模学習・推論の爆発的成長です。計算能力そのものよりも、計算ノード同士をどう接続するかが、性能・コスト・消費電力の支配因子になりつつあります。

AIチップとネットワークの一体設計

マイクロソフトが発表したMaya 200 AIチップは、チップ単体で1.4TB/sという極めて大きな通信帯域を持ち、しかもそれがすべてEthernetで構成される。これは「演算性能を高める」よりも、ネットワークに自然に溶け込むことが AIスーパーコンピュータの鍵である。

しかし、従来のHPC向けネットワーク(InfiniBandや従来RDMA)は、パケット損失を絶対に許さない“Lossless設計”を前提としており、これは中小規模では有効でも、数十万〜百万規模のノードでは渋滞が連鎖し、むしろ性能を劣化させる要因になると教授は指摘されています。

Ultra Ethernetの核心:あえて「Lossy」を選ぶ

Ultra Ethernet(UEC)は、高性能ネットワークとしては異例の「Lossy(パケット損失を許容)」設計を採用。パケットが落ちる代わりに、再送・順序制御・輻輳制御を計算能力の向上を前提に賢く処理。これは、クラウドとHPCの世界を統合するための根本的な転換である。

特に重要なのが、エンドポイント主導のマルチパス通信。 Ultra Ethernetでは、各パケットが異なる経路を通っても問題はなく、順序保証をネットワークに押し付けずに受信側の計算能力で吸収するという設計が、大規模スケールでの柔軟性を生み出すと述べられています。

標準化がもたらすエコシステム

Ultra Ethernetは、Broadcom、AMD、Cisco、Nokiaなど、多数のベンダーが参加する完全オープンな標準として設計。既存Ethernetスイッチとの後方互換性を保ちつつ、250ns級の低遅延スイッチが実用化され始めている点は、「Ethernetは遅い」という常識を覆すものである。

マルチテナントが当たり前のAIデータセンターでは、暗号化・認証・鍵更新をネットワーク層に組み込むことが不可欠です。Ultra Ethernetでは、これらセキュリティ面も設計段階から統合されているとしています。

取材者が見た “ネットワークが決めるスケール”

生成AIの時代において、データセンターが数万〜数十万GPUを束ねる「世界最大のスーパーコンピュータ」へ変化しつつある現実を出発点に、ボトルネックが演算性能そのものではなくネットワークの設計へ移っていることを示されました。従来の “Lossless前提” が超大規模で渋滞を連鎖させ得る一方、Ultra EthernetはあえてLossy(損失許容)を採り、再送や順序制御を計算資源で吸収することでスケールを取りに行く――という発想転換が核心でした。
エンドポイント主導のマルチパスや、標準化によるオープンなエコシステム形成、そして暗号化・認証・鍵更新を含むセキュリティの組み込みまで含めて、Ultra EthernetはクラウドとHPCの境界を埋めるAI時代の重要インフラとして設計されていることを強く感じました。


3.2. HPCとの融合による「ハイパフォーマンス量子計算」

講演する 藤井 啓祐 教授

続いての基調講演では、藤井 啓祐(ふじい けいすけ) 教授(大阪大学/量子情報・量子生命研究センター(QIQB)副センター長/理化学研究所 量子コンピュータ研究センター(RQC))が登壇し、「なぜ今、量子計算はHPCと不可分なのか」を、技術史・実装・将来像の三層から丁寧に解き明かされました。

量子計算が求められる理由:計算需要と物理的制約

生成AI、ロボティクス、LLMの急速な進展により計算需要は爆発的に増加する一方、電力消費や冷却水といった物理的制約が顕在化。藤井教授は、量子計算を「既存計算基盤を置き換える存在」ではなく、HPCを補完し限界を押し広げる新しい計算パラダイムとして位置づけ。

現状の量子計算機は、量子ビット数が限られ、ノイズの影響も大きいNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum)段階にあります。そのため、量子単体ではなく、HPCと組み合わせたハイブリッド運用によって初めて実用的価値が引き出される、という点が講演全体の出発点でした。

日本発「量子クラウド」の実証:大阪・関西万博

2025年の大阪・関西万博では、大学キャンパス内の量子コンピュータと会場を直接接続し、来場者が量子ジョブを投入できる展示を実施。約2万件のジョブを60時間連続で安定処理し、量子計算を「研究室の実験装置」からクラウド型計算資源へ移行できることを実証。

この運用を支えたのが、フルスタック開発された量子コンピュータの基本ソフトウェア「OQTOPUS」(オクトパス)と、自動キャリブレーション・可視化ツール「Q-Dash」であり、量子回路の変換、デバイス制御、キャリブレーションを統合することで、専門家以外も量子計算に関われる環境が整いつつあることが示されました。

藤井教授からのブレークスルー:QSCI(量子選択的構成相互作用)

2023年に提案されたQSCIは、量子計算機を「答えを出す装置」ではなくサンプリングによる助言役として用い、問題を縮約した上でHPCが高精度に解くアルゴリズム。この役割分担により、実験で扱える量子ビット数は10以下から一気に数十〜80量子ビット規模へと拡張される。

従来主流だった変分量子アルゴリズムは、ノイズや統計誤差に極めて敏感で、膨大なサンプリングを必要とするという限界がありました。QSCIはその構造的弱点を回避し、量子×HPCの実効性能を引き出す転換点になったと位置づけられました。

量子スーパーコンピュータへの道:エラー訂正と巨大HPC

将来の耐故障量子計算機(FTQC)では、量子誤り訂正が不可欠。量子ビットをマイクロ秒単位で監視・補正するためには、量子計算機の“隣”に超高性能な古典スーパーコンピュータが必要だと指摘。量子は単独で完結せず、HPCと一体化して初めて“量子スーパーコンピュータ”になる。

講演の締めくくりでは、部分的耐故障量子計算(pFTQC)や新しい魔法状態蒸留手法によって、必要量子ビット数が数千万規模から100万規模へと急速に縮小している現状が紹介されました。ソフトウェア・アーキテクチャ・ハードウェアの同時最適化が進めば、今後5〜10年で量子とHPCの本格的融合が現実になる――それが藤井教授の展望でした。

取材者が見た “量子×HPCの必然”

量子計算を「古典計算を置き換える新機械」ではなく、電力や冷却といった物理的制約が強まる時代にHPCを補完し、限界を押し広げる計算パラダイムとして位置づけ直す内容でした。現状はNISQ段階であり、量子単体ではなくHPCと組み合わせたハイブリッド運用が実用価値の出発点になる、という整理が軸になりました。
具体例として、大阪・関西万博での量子クラウド実証(約2万件ジョブを60時間連続処理)や、OQTOPUS/Q-Dashによる運用の“非専門家化”が示されました。さらにQSCIは、量子をサンプリングの助言役として使いHPCが高精度解を担うことで、扱える規模を現実的に拡張したブレークスルーとして提示。将来のFTQCでは量子誤り訂正のために量子計算機の隣で超高性能な古典計算が必要になり、量子とHPCの融合が「選択」ではなく「必然」になる――という展望で締めくくられました。


3.3. AI as a Scientist

講演する 北野 宏明 教授

3日目の基調講演に登壇したのは、北野 宏明(きたの ひろあき) 教授(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所 代表取締役社長兼CEO、沖縄科学技術大学院大学(OIST) 非常勤教授)。AI・ロボティクス・生命科学・計算科学を横断してきた北野教授は、AIを研究者のツールとして使うのではなく、科学者として仮説生成・検証・更新までを自律的に振る舞う AI as a Scientistへ引き上げるべきだと主張されました。

「ノーベル・チューリング・チャレンジ」:2050年のグランドチャレンジ

北野氏が10年以上前に提案した、2050年までにノーベル賞級の発見を生み出すAIを実現するという挑戦。 「実現できるか?」だけではなく、もし実現できたときには AIは“人間そっくり”に研究するのか/まったく異なる知性として“別様の科学”を拓くのか

北野教授の語られた中で、受賞は人間に与えられるが、委員会が“著者が人かAIか”を確認し始めたら、ゲームとしては勝ち――という言い回しは印象的でした。
講演では、チェス・将棋・囲碁のようなターン制・領域に境界がある制限された問題と、ロボカップや自動運転、そして科学のようなノイズがあり、時間軸も長く、探索空間が無限に広がり得る問題の違いが対比されました。科学的発見は 探索の境界が事前に定義できない ——ここに、AI as a Scientist の本質的難しさがあると述べられました。

現代科学は「前・産業革命」:データは工業化、思考は手工業

ハイスループット計測・シーケンサー・質量分析など、データ生成の機械化は極限まで進んだ一方で、意味づけ(仮説・解釈)は“研究者が頭を抱える工程”のまま。北野教授は、ここを「前・産業革命」にたとえ、知の生産がボトルネックであると指摘しました。実際、仮説が当たっても、検証と臨床までに20年単位でかかる現実が、生命科学では珍しくありません。

さらに北野教授は、人間が科学をするときに避けられない認知バイアス情報過多を具体例で示されました。年に数百万本規模で増える論文の中で「重要な論文だけ読む」こと自体が難しく、知識は豊富に見えても、実務上は暗闇の中を手探りになりやすい問題点を挙げられています。

ロングテールの盲点:科学は「偏った地図」で進んでいる

ヒトゲノムを例に上げ、膨大な情報の中から研究者は“成功しやすい(重要だと思われている)対象”に集中しがち。論文が特定の遺伝子群に極端に集中する分布や、未調査の領域が大量に残っている現実がある。「未調査=重要でない」ではなく、むしろ手つかずの中から重要因子が後年に浮上する例がある——だからこそ、キャリア都合のないAIが淡々と探索する意義がある。

この議論は、北野教授の別領域での実績とも関係しており、GT Sophy(Gran Turismo Sophy、ドライビングシミュレーター『グランツーリスモSPORT』を学習した革新的なレーシングAIエージェント)やAlphaGoの学習曲線において、上位数%の性能改善に計算資源の大半が費やされた「ラストマイル問題」を具体例に挙げられました。 科学でも同様に、ロングテールの希少事象・微小効果が全体挙動を左右する可能性が大いにあり、そのためには計算と実験の両面で“桁違いの反復”が必要になると語られました。

ワープエンジン構想:科学発見を「反復の高速道路」に変える

科学発見を(1)知識抽出 →(2)仮説生成 →(3)検証(実験・シミュレーション)→(4)更新という反復サイクルとして捉え、これをAIとロボティクスで桁違いに並列化する。人間は1回のサイクルで1〜2個の仮説に集中しがちだが、AIなら論理的整合性でふるいにかけながら、何千もの仮説を同時に立てて検証する方向へ拡張可能。

ここで北野教授が釘を刺したのは、「LLMを置けば勝手に科学発見する」という短絡的な思考です。言語モデルは確率的で、厳密な仮説生成と厳密な検証、そして何より探索空間の定義を更新していく“問題設定の反復”が内蔵されていない問題があるとしています。 必要なのは、LLM単体ではなく、HPCによる高精度シミュレーションと、自動化実験を含む発見までのパイプラインを作り上げることだと述べられています。

取材者が見た “AI as a Scientist”

北野教授は、AI を「研究支援ツール」の延長ではなく、仮説生成・検証・更新までを自律的に回す AI as a Scientistへ引き上げる必要性を提起されました。科学の本質は、境界が事前に定義できない探索であり、膨大な論文や認知バイアスの中で「重要因子の特定」が手作業のまま残っている――このボトルネックを突破する鍵が、仮説の大量生成×大量検証による反復の並列化であると提起されました。
LLM単体ではなく、HPCによる高精度シミュレーションと、ロボティクスによる自動化実験を統合し、発見までのパイプライン作りが重要となる点について、いち聴講者として強いインパクトを感じました。


3.4. 古典への回帰「Back to the Future」

講演する マテオ・バレロ 教授

続いての基調講演は、マテオ・バレロ(Mateo Valero)教授(バルセロナ・スーパーコンピューティング・センター(BSC-CNS) 創設所長)による「Cloud-based Computer Architecture, Back to the Future」。 生成AIが計算機を根底から作り替えるいま、GPUが“新発明”として語られがちな潮流に対し、教授はあえて逆向きに問いを投げかけられました。
「本当に新しいのは何か?」
「新しさの正体は、忘れられた古典の再発見ではないか?」

「Back to the Future」の核心

AI 向け計算機のブレークスルーは、奇抜な新概念ではなく、40〜50年前の設計思想(ベクトル、シストリック、マルチスレッド、低精度)を、AIという単一クラスのワークロードに合わせて徹底的に共設計(co-design)した結果である。

同研究所の創設時点からの設計思想について、MareNostrum 5(米IBMとスペイン科学教育省が構築したスーパーコンピュータ(HPC))が そもそも1台で作り上げることを前提とせず、複数台を同一ネットワーク/同一ファイルシステムで束ねる設計であることを紹介されました。 これは、AIワークロードが要求するCPU・GPU・専用アクセラレータの混在を前提にした運用モデルでもあると述べられました。

NVIDIA世代GPUは「温故知新」でできている

最新世代GPU(Hopper→Blackwell→Rubin)を例に、「見た目は革命だが、芯は古典である」と整理。重要なのは、個々のチップが単独で最適化されているのではなく、“AIのためのシステム”として一体で設計されている点である。

GPUに埋め込まれた「4つの古典」
  • シストリックアレイ(Systolic Array):1978年頃からある行列計算の基本思想が、AIのテンソル計算で中心に
  • ベクトル処理:データ並列に最適な設計が、再び王道として復権
  • マルチスレッド:メモリ待ちの隙間をスレッド切替で埋め、レイテンシー(遅延時間)を緩和
  • 低精度演算:FP16/8/4などの低精度浮動小数点フォーマットを使い分け、精度よりスループットと電力効率を最大化

ここで教授が強調していたのは、「低精度は危険」というHPCの常識が、AIでは別の価値に転換する点です。精度・再現性・誤差伝播に慎重なHPCと違い、AIは統計的学習という性質ゆえ、目的関数(学習の収束)に対して十分なら、表現精度を落としてでも前に進める。この割り切りが、ハードウェア設計を根本から変えた——と語られています。

取材者が見た “「Back to the Future」”

バレロ教授のメッセージは、AI向け計算機の革新が奇抜な新概念ではなく、ベクトル/シストリック/マルチスレッド/低精度といった古典の設計思想を、AIという明確なワークロードに合わせて徹底的に共設計(co-design)した結果である、という点でした。GPUの新しさは発明ではなく適用の徹底度であり、ハード・モデル・コンパイラ・ライブラリの一体最適化こそが競争力になる、と話されていました。
新しく何かを作り上げるのではなく、既存技術の徹底的な見直しによって現在のAIが成り立っていること。これまでの技術をしっかりと振り返る視点の重要性にハッと気付かされるような、そんな講演に感じました。


4. 企業出展ブース

スポンサー企業一覧

企業ブース出展企業一覧

企業出展ブースには、HPE、IBM、Google、Amazon、Lenovo、Quantinuumといった世界のHPC・AI・量子・クラウド分野を牽引する外資系企業が揃いました。国内からも、GMOインターネット、富士通、NEC、ソフトバンク、三菱重工業、ENEOS、さくらインターネットなどの大手企業が参加したほか、国内外の大学や研究機関からも参画しました。国や地域、さらには産学の垣根を越えて、最先端の研究や技術動向に関する活発な議論が展開されました。

企業出展ブースの様子(富士通様)

企業出展ブースの様子(GMOインターネット様)

企業出展ブースの様子(三菱重工業様)

取材者が見た “企業出展ブース”

出展内容はAI・HPC・量子コンピューティング・クラウドサービスなど多岐にわたり、最新技術の展示とともに、多様なバックグラウンドを持つ参加者同士の交流が促進されている様子が印象的でした。日本の大阪での開催にも関わらず、アジア圏以外の参加者も多く見られ、国際的な交流が活発に行われていること、またオープニングセッションで松岡先生が語られた「米国や欧州の国際会議に匹敵する、アジアの研究・産業コミュニティのためのプラットフォームを確立へ」のメッセージの通り、今後のAI・HPCの発展における日本・アジアの存在感が感じられました。


5. 理化学研究所による学生支援、及び表彰

会議3日目には、学生スーパーコンピューティング・コンテスト(APAC HPC-AI Competition)の表彰式が開催されました。
今回は日本の学生チームが受賞を果たしており、コンテストの概要や、2025年大会での飛躍を支えた理化学研究所による支援の内容についてご紹介します。
→ 理研 R-CCS お知らせ - 2025 APAC HPC-AI Competitionの授賞式が行われました

学生スーパーコンピューティング・コンテスト:概要と歴史

本コンテストは、アジア太平洋地域の学生にスパコンとAIの高度なスキルを習得させることを目的として2018年に開始され、2025年大会で第8回を数えました。競技内容は、最新の大規模言語モデル(LLM)の推論最適化や、気象・分子動力学・量子化学などさまざまな分野のアプリケーション最適化を競う、極めて実践的な内容です。
→ 2025 APAC HPC-AI Competition 公式サイト

これまでの大会では、国家レベルでスパコン教育に注力する中国(清華大学等)や台湾の大学、SCA 開催地となることが多いシンガポールが表彰台を独占する傾向にありました。対して日本は、学生による自発的な参加はあったものの、多額の遠征費用(渡航・滞在費)が大きな障壁となり、チーム単位での継続的な参加や入賞が困難な状況が続いていました。

2025年大会の課題(HPC/AI)

本大会では、最先端の科学計算(HPC)と人工知能(AI)の2領域から、実用性の高い難問が課されました。

  • HPC部門:量子化学計算の最適化
    オープンソースの量子化学計算ソフトウェア「NWChem」を用い、CPUノード上での水分子のDFT(密度汎関数法)エネルギー計算時間をいかに短縮するかを競いました。
  • AI部門:大規模言語モデル(LLM)の推論加速
    オープンソースの超大規模言語モデル「DeepSeek-R1(671B)」を対象に、推論フレームワーク「SGLang」を用いて、GPU上での推論スループット(処理能力)を最大化する技術が求められました。
理研による学生支援と、2025年大会での躍進

理研は、国際コンペティション出場の経験を通して国際的な視野を広げ、世界的に活躍できるHPC人材、AI人材の育成を目指して、2025年大会より日本の学生チームの大会出場を支援する取り組みを開始しました。シンガポールで実施された大会のOpening Workshopへの参加費・旅費等を支援したほか、九州大学のスーパーコンピュータ「玄界」を練習用の計算資源として提供しました。
この支援が呼び水となり、2025年大会では日本から過去最多の9チーム(うち8チームが理研の支援を受け出場)が参戦し、最終的に4チームが表彰されるという成果に繋がりました。

会議3日目の表彰:理研支援チームの受賞結果(2025年大会)

表彰イベントで紹介された受賞の中でも、特に注目すべきは、受賞した日本チームがいずれも「w/ RIKEN」として理研の支援を受けていた点です。これまで日本チームの出場がごく少なく、入賞もなかった中、理研の支援をきっかけに4チームが入賞したことは、日本の学生が世界と戦うのに十分な実力を秘めており、今回の支援のような後押しがあれば、国際大会に出場したいという意欲ある学生が多くいることを示しています。

賞の名称 チーム名 所属大学・機関
総合部門 Merit Award T0M0K4ZU w/ RIKEN 東京農工大学、東京理科大学、芝浦工業大学(3校合同)
→ 東京農工大学 プレスリリース
→ 東京理科大学 プレスリリース
→ 芝浦工業大学 プレスリリース
Best HPC Performance賞 Moralistars w/ RIKEN 東京都立産業技術高等専門学校
Excellent HPC Performance賞 SQUID w/ RIKEN 大阪大学
→ 大阪大学 プレスリリース
Excellent AI Performance賞 Kisarazu Big Branch team w/ RIKEN 木更津工業高等専門学校
→ 木更津工業高等専門学校 プレスリリース

T0M0K4ZU w/ RIKEN

SQUID w/ RIKEN

Kisarazu Big Branch team w/ RIKEN

表彰チーム全員

取材者が見た “理研による学生支援”

理化学研究所による包括的な学生支援が、日本の学生チームの躍進に大きく寄与したことは明らかでした。遠征費用の補助に加え、練習用計算資源の提供が、国際舞台での競争力を押し上げたことが読み取れます。今後もこのような支援体制が継続されることで、日本のHPC・AI人材育成における新たな潮流が生まれることを期待してなりません。


編集後記

■ SCA/HPCAsia 2026 が示した未来像

本会議の取材を通して最も印象的だったのは、HPCが「速い計算機」という枠を越え、AI・量子・クラウド・自動化実験を束ねる基盤へと変化していたことでした。データが集まり、モデルが学習し、実験が自律的に回り、その結果が再び計算へ戻る——この循環を支えるのは、演算性能だけでなく、ソフトウェア、運用、標準化、そして人の協働。産学官、地域、世代を超えてHPCが機能しはじめた今、若手研究者に求められることは“使える”こと以上に、問いを設計し、AIと協力・連携して知識・成果を育てる姿勢なのだと感じました。
理研が若手人材を支援するように、日本からもHPC・AI人材が育ち、日本・アジアが今後業界の中心となって世界をリードしていくことを切に願っています。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。