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高い専門性と普遍的な能力・資質を活かせば、博士の活躍の場は産業界に広がる。

一般社団法人 日本経済団体連合会(以下、経団連)は、2024年2月に「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」を発表しました。
この提言では、不確実性の高い時代に企業のイノベーション創出のカギを握る「高度専門人材」に着目。産学官が連携してこれらの人材の育成と活躍の推進に取り組む重要性と、実現に向けた行動指針を提言しています。
今回は経団連の常務理事である長谷川 知子(はせがわ ともこ)氏に、提言策定に至った背景、提言のポイント、今後の取り組みにおける課題等についてお話を伺いました。

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(掲載開始日:2024年11月28日)

まず初めに、「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」を策定するに至った背景からご説明頂けますか。

経団連は、約20年程前から国の教育政策や企業の人材育成政策に関する提言に取り組んでいます。現在の「教育・大学改革推進委員会」の前身となる様々な名称の委員会が、文部科学省や経済産業省等に向けて数多くの提言活動を実施してきました。

環境変化が著しく将来が見通しにくい今の時代、ビジネスにおいてイノベーションを起こせるのは、博士人材に代表される「高度専門人材」です。言い換えるなら、グローバルレベルで高い専門性を有し、理系と文系の領域を柔軟に横断して思考することができ、かつ第一線の現場で求められる普遍的な能力や資質を備えた人材だと言えます。

今回の「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」は、こうした考え方に基づいて策定しました。企業・大学・政府がそれぞれ役割を果たしながら連携し、高度専門人材の育成と獲得、活躍の推進に取り組んでいく方策を提言しています。企業における実態を把握するため、主要会員企業を対象にアンケート調査も実施しました。

資源の乏しい日本では、先端技術や人材力等の無形資産を基盤として国の発展を図っていかなければなりません。少子高齢化が進み、労働人口の減少を抑える有効な政策も見出せない今、高度専門人材を育成し、かつ活用していくことは、残された唯一の道であると考えています。

経団連のアンケート調査の結果からは、企業における博士人材の積極的な採用はまだ進んでいない実態が見えてきます。


現状、日本企業における博士人材の在籍人数は全体の1%未満で、多いとは非常に言いがたい状況にあります。理系博士が圧倒的多数であり、業種による偏りも大きく、製造業(特に医薬品・化学メーカー等)では多いものの、サービス業等では少ないことが分かっています。

また、今後5年程先を見通しても、理系博士の採用を増やす意向を持つ企業は、新卒・中途採用ともに2割弱に止まっていて、必ずしも多くありません。業種としては、「機械、電気機器、輸送用機器、精密機器」、「繊維製品、紙・パルプ・紙加工品、化学」が多い傾向にあります。

博士人材の育成と活躍推進が重要と考える理由について、改めてご説明頂けますか。


私たちが博士人材に注目しているのは、専門分野の深い知識に加えて、「総合知」及び「汎用的能力」を備えているからです。

総合知とは、専門に囚われず、自然科学や人文・社会科学の領域を柔軟に横断して考え、新しい価値を生み出すような知見のことです。この総合知という概念は、内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI:Council for Science, Technology and Innovation)が提唱しています。

汎用的能力とは、博士人材が研究に取り組む過程で身に付けている能力のこと。博士を目指す人材は、自ら課題を設定してそれを解決するための仮説を立てます。そして仮説を検証するためにデータを集めて実験等を行い、自分なりの解を導いて論文にまとめます。論文は学会などでプレゼンテーションし、複数の専門家との議論・検証を経て完成度を高めていきます。

このようなプロセスで博士号を取得している人材は、専門分野での高い水準の知見に加えて、企業が求める汎用的能力を身に付けています。自ら課題を設定して解決する能力やデータ分析力、プレゼンテーション能力やねばり強くやり遂げる力等です。専門領域の深い縦軸を持ちながら、それ以外の領域にも横軸を持つ「T型人材」と言い換えることもできます。

変化の激しいVUCA(ブーカ)*と言われる時代にあって、企業が前例のない課題を解決し、新たなビジネスモデルを創造していくには、このような博士人材の活用がとても重要な意味を持つと考えています。

*VUCA…Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、先行きが不透明で将来の予測が困難な状況を意味する

高度専門人材を育成し、企業での活躍を推進していくには、産学官が連携して取り組む必要があるとも提言されています。


高度専門人材を育成し、企業での活躍を推進していくには、企業・大学・政府がそれぞれの役割を果たしながら連携することが重要になります。

提言のポイントをまとめた「概要版」の中に、「博士人材の育成・活躍に向けた具体的施策」というページを設けています。ここでは企業が中心になって進めるべき施策、大学と政府が進めるべき施策をそれぞれ提示しています。

企業に求める取り組みとしては、まず「自社が求める博士の人材像を明確化」することです。
博士人材は、終身雇用的な働き方よりもジョブ型雇用に親和性が高いため、企業ごとに職務内容を明確にすることが出発点になります。その上で、職務を遂行してもらうために、博士人材にどのような能力やスキル、資質、コンピテンシー(行動特性)を求めているのかを言語化し、募集要項などに明記して潜在的な候補者に発信する必要があります。

併せて、その企業では博士人材がどのようなキャリアパスを描けるのかを示し、対外的に発信していくことが望ましいと思います。ビジネスの世界とアカデミアを柔軟に行ったり来たりできる機会があり、生涯を通じて学び続けられるキャリアパスを示すことも重要になるでしょう。企業と大学の共同研究やクロスアポイントメント制度*、兼業・副業の活用促進を検討することも必要です。

*クロスアポイントメント制度…専門人材が企業や大学、研究機関などに相互に雇用され、それぞれの機関で役割に応じて業務を担う制度

また、採用活動においては、博士人材と企業の相互理解を深める機会として、中長期の「ジョブ型研究インターンシップ」のプログラムを運用していく取り組みも有効です。

博士人材の雇用に際して、個の能力や成果・業績に応じた適切な処遇を検討することは前提となります。待遇とは必ずしも給与面だけではなく、キャリアの柔軟性等の魅力的な処遇を提示できるかどうかが重要です。

一方で、既存の従業員が企業に在籍しながら有給で大学院に進学し、修士号や博士号の取得を目指せる環境を整備することも、高度専門人材の活躍を促進する企業風土の醸成に繋がります。

では、博士人材の企業への就職を視野に大学が取り組むべき教育改革について、ご意見を伺えますか。


今の社会が求めている大学院教育(専門性に加えて総合知や汎用的能力を身に付けること)に向けた教育改革を一層推進してほしいと思います。既に一部の国立大学では、そのような大学院教育を実践しています。

国が推進する卓越大学院プログラム等の取り組みや、東京科学大学のくさび型教育などは、現状あまり社会に認知されていません。学生たち自身も、そうした学びについて企業との面接の場で効果的にプレゼンテーションできていないことが多いようです。ですので、大学には既に取り組んでいる教育改革について、社会にもっとアピールして下さいと申し上げたい気持ちがあります。

一方で、狭い視野で専門的な研究だけを追求する学生、自分の「お弟子さん」を育てるだけの感覚の教授も依然としていらっしゃいます。そのような場合は、産業界が求める大学院教育カリキュラムを認識して、教育改革に取り組み、その結果を大学として広報してほしいですね。学生にも「自分はここで博士課程を出ているので、こういう能力が身に付いています」とアピールしてほしいと思っています。

もちろん先端技術立国を目指す以上、アカデミアで純粋に研究者を目指す学生を育てることも重要です。ですが、一つの研究室に10人程の学生が在籍している中で研究室に残るのは1人か2人ですので、教授は他の8人の方々の将来を考えなければいけません。

だからこそ「社会が求める博士課程教育」という視点を持ち、企業での仕事という出口を見据えて、高い水準の専門性・総合知・汎用的能力を併せ持つ博士人材を社会に輩出する、その後押しをしてほしいと思います。

博士人材の育成・活躍を促す環境整備について、そのほかにどのような施策がありますか。


博士課程で学ぶ人材への経済的な援助の仕組み(奨学金制度)は、以前に比べてかなり拡充されましたが、さらに充実させる必要があると思っています。

また、博士人材に対する起業サポートなど、「大学発スタートアップ」の創出が活発化するような体制を強化していく必要もあるでしょう。特に日本が強みを持つライフサイエンス、バイオ、宇宙、ロボティクス等の分野の研究をこれから社会実装していく道筋において、博士人材が果たす役割はますます大きくなります。

経団連では、2024年9月に別途「Science to Startup」という提言を公表しました。その中で「10X10X」というビジョンを掲げ、スタートアップの数を10倍、規模を10倍にすることを提唱しています。こちらの提言では、スタートアップ支援組織としてのベンチャーキャピタルの重要性についても触れています。スタートアップのコアテクノロジーの価値を見極め、投資を実行する上では博士人材の活躍が必須であり、高度専門人材の雇用機会が広がることを示しています。

今後、企業がイノベーションを生み出すには、理工系女性人材の育成・活用も重要と提言されています。


理工系女性人材の採用意向は非常に高く、アンケート調査でも今後5年程先を見通して採用を拡大したいと考えている企業は64%に上っています。特に工学系、数理・データサイエンス・AI系、理学系の専攻分野の女性を積極的に採用したいとの結果が出ています。

ところが、大学入学者に占める理工系分野への女性入学者の割合は、日本はOECD諸国の中で最低となっています。企業の採用意向は高くても、そもそも女性がいないという問題があります。こちらについては理系学部への進学を促進するため、社会で活躍する理工系女性のロールモデルをもっと周知していく必要があります。

学校教育の一環として、理工系分野の職場体験の機会を拡大することも重要です。同時に「女子が理工系学部に進学しても就職できない」といった教員や保護者の旧態依然としたマインドセットを変えていく必要もあります。また、経団連では、大学進学に向けて高校で文系・理系のコースを選択させるのをやめるべきだとも提言しており、私立文系等に進学しようとする生徒が、理系科目を一切学ばなくなる弊害はすこぶる大きいと懸念しています。
今の世の中は文理融合と言いますか、先程お話ししましたように自然科学の知見と人文・社会科学の知見を融合した「総合知」が求められる時代です。法学部で学んだ人であっても、データサイエンス系の思考ができなくてよい訳ではありません。

大学によって学士課程から「女子枠」を設けるケースもあります。女子枠については賛否両論がありますが、理工系分野に女性を増やすための過渡期的な措置としては、一定の意義のある取り組みであると思います。

最後に、企業でのキャリアを模索する博士人材等の方々に向けてメッセージをお願い致します。


2024年2月に経団連が公表した「博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言」では、資源の乏しい日本は、「先端技術立国」「無形資産立国」を目指すべきとしています。

博士人材に代表される高度専門人材は、ご自身の研究分野における高い水準の専門性と共に、社会が求める総合知、汎用的能力を兼ね備えています。これから幅広い業種業態の企業において、博士人材の活躍の場はますます広がっていきます。ぜひご自身に合った企業でのキャリアパスを検討して頂ければと思っています。

博士課程で研究に取り組んできた経験、論文を発表して世界の研究者とディスカッションしてきた経験等を企業にアピールして下さい。社会が求める大学院教育を受けてきたことに自信を持って、自身の能力と資質を活かして頂ければ、これまで気がつかなかった新しいキャリアの可能性を見出して頂けるのではと期待しています。


【一般社団法人 日本経済団体連合会の資料】
●博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に向けた提言 
https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/014.html
●博士人材と女性理工系人材の育成・活躍に関するアンケート結果
https://www.keidanren.or.jp/policy/2024/015.html

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力を頂き、誠にありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。