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はじめに
一般社団法人産学協働イノベーション人材育成協議会(以下、C-ENGINE)は、2012年に経済産業省が設置した「中長期研究インターンシップ検討会」での議論を踏まえて2013年に政策化された「中長期研究人材交流システム構築事業」として、2014年1月に設立されました。現在、21大学と30企業が参加して博士課程の大学院生に向けた研究インターンシップを推進しています。
2024年11月12日(火)、京都大学東京オフィス(千代田区・丸ノ内)並びにオンラインにて、「イノベーションにおける『技術の軌道』形成~研究者コミュニティの役割~」と題してシンポジウムが開催されました。
今回は、今年のテーマである「量子」研究に因んだ講演、並びにパネルディスカッションの様子をお届けします。
基調講演 「汎用性の高い技術のイノベーション:どのように価値を生み出していくのか」
講演者:早稲田大学商学学術院教授
清水 洋 氏
基調講演は「汎用性の高い技術のイノベーション:どのように価値を生み出していくのか」をテーマに、未踏領域の技術開発とイノベーション創出の環境形成について、清水氏の専門である経済学的観点からお話しいただきました。
汎用性の高い技術(GPTs:General-purpose technologies)とは、様々な分野に対して横断的に活用できる標準化された技術のことを指します。遡れば蒸気機関や電力など、産業社会・経済の革新に大きく寄与する技術がGPTsにあたります。現代においては、ITはもちろん、現在目覚ましい発達を遂げている半導体やAIなどもGPTsであると言われています。今回のテーマである量子コンピュータも、将来のGPTsとして期待されています。
経済成長・企業間競争において、このGPTsをいかに早く生み出し、活用していくかはきわめて重要な議論となります。既存企業から独立して新しいスタートアップを立ち上げるスピンアウトは、既存企業の能力を破壊しうる大胆な事業を実現できる点で、社内ベンチャーよりもイノベーションを促進する手段であるとされています。しかし清水氏は、基礎技術が成熟しないうちにスピンアウトが過熱しすぎると、応用開発が優先され基礎研究が育たなくなってしまう側面を指摘し、基礎研究開発の担い手としての国や大学の研究機関の重要性を強調しました。
また、特に日本の産業界において競争力のある技術力を育成するためには、外部の有用な技術を目利きする能力(吸収能力)が不可欠であり、企業が吸収能力を高めるためには博士人材の獲得並びにインターンシップを通じた知識移転が効果的だとの考えを述べました。
最後に、量子コンピュータの経済的価値について、顧客(ユーザー)によって付加価値を見出だすことで初めて経済的価値が生まれると指摘しました。そこで、量子コンピュータの社会実装に向けて、領域を超えたオープンイノベーションを活用し、周辺技術の整備を進める必要があると提案しました。
講演 「量子人材を創出するエコシステム」
講演者:株式会社QunaSys(キュナシス) Chemical Research Solution事業部長
高椋(たかむく) 章太 氏
株式会社QunaSysは量子コンピュータを活用したシステム開発を行うスタートアップです。高椋氏による講演では、量子コンピューター技術の現状と将来展望、そしてその社会的応用について詳しく説明されました。
量子コンピュータは古典コンピュータ(いわゆる我々が使っているコンピュータ)とは異なる計算原理を持ち、特定の問題において優位性を発揮する可能性があると言われています。しかし、現時点では市場は未成熟であり、実用化には今しばらく時間がかかると高椋氏は述べています。
QunaSysは、量子コンピュータのハードウェアそのものではなく、その利用価値を高めるためのソフトウェア開発に取り組んでいます。特に注力しているのは化学産業における応用で、具体的には分子設計や機械学習、熱流体の移動、物流配送の最適化などの領域でのユースケースを探索しています。
加えて、高椋氏は人材育成の重要性を指摘し、量子技術に関心を持つ人材の育成を進めるために、QunaSysで実際に取り組んでいる産学連携やインターンシップを通じた教育プログラムを紹介しました。
量子コンピューターの普及に向けて、更なる技術的知見の獲得と人材育成が鍵であるとの結論を述べました。
C-ENGINE研究インターンシップ参加学生 体験報告(2名)
C-ENGINEの活動の一環である、研究インターンシップに参加した2名の学生による報告が行われました。
・金子 健太さん(東京科学大学物質理工学院 材料系材料コース 博士後期課程3年、研究テーマ:無機材料の研究)
金子さんは京セラ株式会社にて1ヶ月間のインターンシップに参加。同社にて、太陽電池の開発に携わりました。
・原 直子さん(奈良女子大学大学院 人間文化総合科学研究科 自然科学専攻 博士後期課程2年、研究テーマ:河川生態系における水生昆虫の研究)
原さんは株式会社竹中工務店にて約1ヶ月間のインターンシップに参加。同社にて、自然共生サイト(民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域)の認定取得の支援ツールの開発に取り組みました。
ご自身の研究内容、実際に参加したインターン部門と研究との関連性、インターンシップの成果について発表しました。その後、各受入企業の担当者からコメントを頂きました。お二人ともご自身の分野とは異なる研究を行っている企業にてインターンシップを行いましたが、自分のスキル向上に繋がった上、民間企業で働くという将来のイメージを明確に掴むことができたと述べました。また、各企業の担当者からも、他の若手社員の成長にも刺激や好影響を与えてくれた点で大きな意義があったと、肯定的なコメントを貰いました。
パネルディスカッション 「イノベーションにおける『技術の軌道』形成と研究者コミュニティ」
ファシリテーター:
國府 寛司 氏(京都大学理事・副学長)
パネリスト:
清水 洋 氏(早稲田大学商学学術院教授)
高椋 章太 氏(株式会社QunaSys Chemical Research Solution事業部長)
吉川 正人 氏(東レ株式会社 理事 医薬研究所長)
古藤 悟 氏(三菱電機株式会社 開発本部技術統轄)
パネルディスカッションでは、量子コンピュータ技術の研究動向と将来性について、特に研究者コミュニティの形成や人材育成を焦点にディスカッションが行われました。
そこで、C-ENGINEの持つ産学コンソーシアムを活用する例として、ユースケース開拓という企業のニーズと大学での研究や知見(シーズ)を結びつける場に共同研究や研究インターンシップを活用できる可能性を提案されました。
おわりに
量子コンピュータは未だ技術的には未踏領域でありますが、幅広い分野で活用が進み、イノベーションを引き起こす可能性を秘めています。
日本企業がこうした先端技術で国際競争力を高めるには、とりわけ博士人材の活躍が欠かせません。
博士人材の産業界進出がますます活気づき、産業界でのイノベーション創出にも繋がると、大いに期待が膨らむシンポジウムでした。