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博士の先達に聞く

企業と相互理解を深め合うことで、博士人材の価値が最大化すると語る神戸大学津坂教授。

Interview

津坂先生が取り組まれている博士支援推進室のミッションをご紹介下さい。


神戸大学百年記念館から望む神戸の景色。カフェも併設され、国内外からの観光スポットとなっています。

神戸大学では、文系・理系を問わず博士後期課程の学生に対し、自らの未来の可能性を切り開く重要なステップを提供することを目的に、産業界や公的研究機関、大学教員(アカデミア)への就業支援施策に注力してきました。今年度も博士の多様なキャリアパスを知ってもらうための「キャリアガイダンス」、進路選択についての情報提供や就活イベントの案内を行う「キャリアパス・ガイド」、「各種業界研究セミナー」、「博士と企業の交流会」、「大学教員準備講座」等の実施に加え、「個別のキャリア相談」や「博士学生向けの中長期インターンシップ」への対応なども行っています。こうした各種施策を構想・企画し、実施しているのが神戸大学大学院博士支援推進室であり、私は特命教授として実務を担当しています。

高度卓越人材の育成を大学院教育の主軸に掲げる本学では、研究・教育・キャリア支援をトータルに考え、それぞれのためのプログラムを網羅した「博士学生支援総合パッケージ」を用意しています。先ほど申し上げた数々のキャリア支援施策も、このパッケージに含まれます。つまり産業界への就業支援活動は高度卓越人材育成の一環となっており、就職活動の直前だけの支援ではありません。博士課程では、学生が自分の研究テーマを深めるだけでなく、そこで培った研究スキルを社会の要請や産業界の課題と接続出来るようにしています。そのためには、教育、研究、キャリア支援を分けて考えるのではなく、一体として設計する必要があると考えているのです。

津坂先生ご自身の学部時代から現在までに至る博士人材としてのキャリアをご紹介下さい。


神戸大学本館(経済学研究科、経営学研究科、社会システムイノベーションセンター)の前にある正門。階段を上ると保存建造物に指定されている本館と講堂があります。

私は中学・高校時代、理数系の授業が大好きで、その頃からソフトウェアのプログラミングやAIの原点となるニューラルネットワークに興味を持っていたのですが、当時は該当する情報系の学科が存在しておらず、比較的近い分野である電気工学科に進みました。在学中はプログラミングやニューラルネットワークなどの情報系分野に加え、200Vの強電機器を扱う実験や電気回路設計などにも取り組んでいました。また、現在とは大きく異なり、当時の私は博士の学位取得を進路の選択肢として強く意識しておらず、パナソニック(当時の松下電器産業株式会社)への就職を選択しました。

パナソニックでは研究開発職に就き、最初は放送局向けの業務用ビデオ編集システム、その後はブルーレイディスクやDVDレコーダなどのAV機器、さらにはロボット製品の商品化と、領域を広げていきました。担当してきた製品分野には一貫性が無いように見えますが、実は技術的な軸は変わっていません。いずれの製品開発においても、人と機械の関係についての最適解を極める※1マン・マシンインターフェイスや※2ヒューマン・ロボット・インタラクションを担当したのです。

※1 マン・マシンインターフェイス
人間と機械が情報をやり取りするための境界や接点、及びその仕組みのこと。スイッチやタッチパネル、音声認識などが含まれる。
※2 ヒューマン・ロボット・インタラクション
人間とロボットの相互作用を研究する学際的な分野。


津坂先生が筆頭著者として学会発表・論文を執筆し、開発を直接主導されたプロジェクトの一つ、「自立支援型起立歩行アシストロボット」。単に強い力で持ち上げるのではなく、理学療法士(PT)が手作業で行う絶妙なアシスト技術や力加減を分析・モデル化しています。利用者が自力で踏ん張る力を引き出しつつ、身体に過度な負担をかけずに立ち上がれる制御システムを実装。(出典:PR TIMES)

パナソニックでの研究開発業務は、大学時代には感じ取れなかった面白さと難しさがありました。例えば、自分たちで築き上げた技術力や価値が実際の商品やサービスとなって世の中に出ていくことで、購入頂いたお客様を通して社会の役に立っているか、ということです。もちろん、研究成果の全てが製品に反映されるわけではありません。むしろ研究成果をそのまま実際に社会に出せるケースの方が少ないと思います。そのため、企業の研究開発で第一に考えなければならないのは、研究成果である最新技術をお客様であるユーザーの求める価値に置き換えることです。優れた技術がお客様の求める価値に直結するとは限りません。そこで、企画、デザイン、品質、知的財産、営業、事業部門など、様々な部署と協力しながら、技術を社会に届く形にしていく必要があります。これは、民間企業で研究開発を行う一番難しいところであり、同時に一番面白いところでもありました。

そうしたパナソニック本社研究所での研究開発に没頭していたある時、上司から博士号の取得を勧められたのです。当時、神戸大学の教授と共同研究を行っていたこともあり、社会人博士として受け入れて頂きました。そこで取り組んだのは、家庭内生活支援ロボットにおける人とロボットの「協調」と「分担」です。家庭の中は、工場のように環境が整えられているわけではありません。家具の配置も様々で、人の動きも日々変わります。そのような千差万別の環境下でも役立つロボットを実用化するには、ロボットがすべてを自律的に行うよりも、人とロボットが互いに出来ることを分担し、協調しながら目的を達成することが重要になります。

この研究を通じて強く感じたのは、技術を開発するということは、単に性能を高めるだけではないということです。その技術や製品を使う人が何を求め、どのような場面で使い、どこまでロボットに任せたいのか、逆に人は自分でどこまで主体的に関わりたいのか。そうした人間側への洞察がなければ、技術は生活の中で価値を生みません。産業界の研究開発では成果を社会に受け入れてもらうための取り組みが必要であることを認識していた私でしたが、この考えの重要性をさらに深掘りできたと言えるでしょう。

博士課程とパナソニックでの研究開発業務を並行して行うのは大変でしたが、博士の学位を取得後もパナソニックでロボット関連の研究開発を継続しており、博士課程では極めて有益なスキルを磨くことが出来たと思います。作業ロボットのアーム系の開発や遠隔操作を可能にする※3マスタースレーブロボットの開発に携わり、現在の神戸大学に転職する直前までは業務用ロボット掃除機の開発と実証実験に深く関与していました。

※3 人間が操作するマスター機の動きを、離れた場所や危険な場所にあるスレーブ機(ロボット本体)がそのまま真似して動く遠隔操作の仕組み

津坂先生が企業研究者から現在の教授へと移行された背景を教えて下さい。


博士号取得、企業での研究開発、アカデミアとの共同研究といった、津坂先生のこれまでの経験を活かせる仕事だと感じ、神戸大学の博士人材キャリア支援の職務に関心を持たれました。

私はパナソニックでの研究開発業務の内容やその就業環境を好んでいたことから、転職を考えたことはほとんどありませんでした。ところが2021年にアカデミアの研究職に転職したパナソニックの先輩から、大学では様々な研究者や教員のポストを公募していると聞いたのです。その話に興味を持ち、JST(科学技術振興機構)が提供しているキャリア支援ポータルサイトを何気なく閲覧したところ、神戸大学の「博士人材のキャリア支援」を行う職務の募集に目が留まりました。
募集されていたのは、博士人材のキャリア支援を推進する仕事でした。博士号を取得し、企業で研究開発に携わるとともに、アカデミアとの共同研究も経験してきた私にとって、それまでの経験を活かせる仕事だと感じました。

だからこそ、手掛けてみたいという想いが私の中に高まったのです。その理由は、パナソニック時代の博士人材を取り巻く環境に対し、どこかすっきりとしない気持ちがあった事が原点にあります。純粋な研究業務以外に製品化に向けて他の部署と協業する時間が長いことや、社会的要請を優先して研究テーマが変更されることが少なくないこと、自分の専門に合致しない研究業務を任されてしまったといったような、学位を取得してから入社した博士社員の戸惑う気持ちがうかがえる機会が何度もありました。もっと大学院時代に民間企業の研究の進め方や個々の企業の研究内容について知っていたら、齟齬を減らせたのではないかと思います。そのため博士人材と企業の間に立ち、そうした認識の相違を解消する意義は、博士人材にとっても企業にとってもかなり大きいと感じたのです。

それに加え、自らも博士の学位を取得するために奮闘したことで、学位という肩書だけではなく博士後期課程を通して得られる博士人材本来の価値を高く評価出来るようになったことも、この仕事に就きたいという想いの根底にありました。私が博士後期課程で得たものは専門知識そのものに加えて、「問いを立てる力」「深く考え抜く力」「根拠を持って説明する力」「技術を人や社会の文脈の中で捉える力」でした。こうした力は博士課程を通して培われ得るものです。そのような実力を、まずは学生自身が自覚し、社会の中でどう活かすことが出来るのかを考えられるように支援したいと思いました。

博士人材の活用に関する産業界への提言はありませんか。


社会人博士とアカデミアでの研究を経験された津坂先生は、博士学生にその両者の違いを理解することが重要と考え、「博士と企業の交流会」を運営されています。

社会人博士として博士号を取得したことは、自分にとっては大きな意味がありました。特に印象に残っているのは、海外での反応です。名刺に博士号が記されていることで、相手とのコミュニケーションの入り方が変わる場面がありました。「この人はこういう人なのだ」と理解してもらいやすくなり、信頼関係を築くきっかけにもなりました。
また、博士人材に対するマネジメント・育成についての考え方も変わりました。博士人材にも、一人ひとりに得意不得意があります。例えば技術理論を極めていく能力、理論から実験や試作に向かって実用化に近づける能力、研究内容や成果を他部門に説明するコミュニケーション能力、一つの技術成果を製品やサービスに展開する能力など、得意とする領域は個人によって異なります。
一方で、深く考える力、複雑な課題を構造化する力、新しいテーマを立ち上げるときの調査力や仮説構築力など、博士人材だからこそ能力を発揮しやすい領域があります。

そのため、博士人材に不得意なことを無理に担わせるのではなく、その人が最も力を発揮出来る領域を見極め、博士人材にこそ担って欲しい役割を任せることが大切だと考えるようになりました。一人の博士人材にすべてを求めるのではなく、各メンバーそれぞれの強みで補い合い、チーム全体としてアウトプットを最大化することが重要だと思います。
上に立つマネージャーが個々の博士人材の強みを的確に理解しないまま、短期的な成果や既存の業務の進め方だけに当てはめてしまうと、本来持っている力が十分に発揮されにくくなることがあります。逆に、博士人材の探究力や課題設定力を、企業の目的や顧客価値と接続できれば、博士人材は企業の中でも非常に大きな力を発揮出来ると確信しています。

これらの経験から、博士学生が企業に入る前に、企業内研究とアカデミアでの研究との違いを理解する機会は非常に重要だと感じました。同時に、企業側にも博士人材の強みや育成のあり方を理解して頂く必要があります。博士の力や素養は企業でも十分に活かせます。ただし、そのためには、博士側の企業理解と、企業側の博士人材への個別理解の両方が必要だと考えています。
本学では企業との交流会を重視しています。博士人材の強みを企業に伝えるため学生がポスター発表を行うのですが、そこでは学会発表時のように研究結果を中心に記載するのではなく、成果とともに研究プロセスをお見せするように指導しています。博士人材がどのようにテーマを捉え、壁や失敗をどのように乗り越えて成果に結びつけたのか、この点をご理解頂くことによりポスター発表をする博士人材を活かせる場面を具体的にイメージしやすくなります。

一方で、交流会は短時間の接点ですので、より深い相互理解の機会として中長期インターンシップがあります。博士人材にとっては各企業ごとに異なる研究環境や内容の理解につながりますし、企業側にとっても博士学生の専門性だけでなく、課題に向き合う取り組み姿勢、調査力、論理的思考力、粘り強さ、周囲と共創する力などを観る貴重な機会になります。

博士や博士課程の学生への応援メッセージをお願いします。


研究を通じて培ってきた総合力が、社会の様々な場所で必要とされており、様々なキャリアに繋がり得ることを知って欲しい、と津坂先生のご経験からもエールを送っておられます。

博士課程に進む方は、大学生全体から見ると少数です。そのため、博士人材について社会の中で十分に理解されているとは言えない面がまだあります。時には、「博士は就職が難しいのではないか」、「専門領域に閉じていて経済・産業社会と距離があるのではないか」といった見方をされることもあります。
しかし、実際に博士学生やポスドクの方々と接していると、そうした一面的な見方では捉え切れない姿が見えてきます。研究が好きで、自分の問いに真摯に向き合い、一朝一夕には答えの出ない課題に粘り強く取り組んでいる。
一方で、将来への不安を抱えたり、思うように研究が進まず悩んだりしながら、それでも前に進もうとしている。そのような姿に、私は大きな敬意を払っています。

博士学生やポスドクの皆さんには、自分の専門性を大切にしながらも、その研究を通じて培ってきた総合力こそが、社会の様々な場所で必要とされていることを知って欲しいと思います。キャリアは一つではありません。アカデミアで研究を深める道も、産業界で新しい価値を生み出す道も、社会課題の解決に関わる道もあります。
困難な研究に向き合ってきた経験は、必ず将来の糧になります。自分の歩んできた道に自信を持ち、多様な可能性に目を向けながら、力強く次の一歩を踏み出して欲しいと願っています。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。