博士の先達に聞く
多様性を自らの中に取り込み、創発的に価値の出現を目指す。 そこに博士人材の成長の核心があると語る神戸大学の玉置教授。
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神戸市灘区にキャンパスを構える神戸大学。日本を代表する国際港湾都市に立地するにふさわしく、以前から海外に広く門戸を開いたグローバルな教育・研究施策を積極的に進められています。例えば、2005年に欧州連合(EU)が日本の大学においてEUに関する教育・研究を実施する拠点として設けられたEUインスティテュート・イン・ジャパン(EUIJ)に参加し、さらに2016年に同組織を留学生センター並びに日欧連携教育府と統合し国際教育総合センターへと発展されています。 もちろん、国際交流の対象となるエリアは欧州に限らず、米国や中国にも広がっており、2025年時点で神戸大学と海外との学術交流協定は、65カ国・地域の392大学及び研究機関と締結されています。 そして2026年には学長直轄の組織である「国際共創推進本部」を立ち上げ、教育・研究における国際的ネットワークの強化、真のグローバル人材の育成、より体系的な国際戦略の構築に、本格的に着手されました。この国際共創推進本部において本部長を務めておられるのが、今回お話をお聞きした神戸大学の理事及び副学長も兼務されている玉置久教授です。玉置先生は大学運営を行う理事の一員として教育戦略のリーダー役を担っておられます。社会が求める要請に対して、博士人材をどの様に育成し、どの様な価値を付与しようとご尽力なさっているのか、玉置先生ご自身の博士人材としてのキャリアの経緯と併せて熱く語って頂きました。
(掲載開始日:2026年8月6日)
どのような大学院時代を経て現在に至ったのか、教えて下さい。
玉置先生が今でも学生に薦めておられる『ライト、ついてますか』は、問題解決・発見の古典的名著。「問題を解決しようと急ぐ前に、そもそも『本当の問題は何か』『それは誰の問題か』を立ち止まって考えよ」を教えています。先生の考え方の原点です。
私は学部から博士後期課程まで京都大学に在籍し、最終的に工学博士の学位を取得しましたが、入学当初からドクターを目指していたわけではありません。子供の頃からプラモデルや木工などの工作が好きだった私は、大学受験では工学系を目指しました。ところが何を間違えたのか、選択した学科はものづくりに関わりたい学生が集まりやすい機械系ではなく電気系でした。それでも授業を通して制御技術の面白さに目覚め、4回生の時点で制御工学の研究室に所属しました。そして制御の最適化を図るシステム制御技術を中心に、複数の要素や複雑なパラメータを俯瞰的に捉えて課題の本質に近づこうとするシステム工学を極めていったのです。
私は昔から、具体的な手順をたくさん覚えるよりも、できるだけ少ない原理で全体を理解したいタイプでした。入試の勉強でも、公式を増やすより「これさえ分かっていれば解ける」という本質を探したい感覚がありました。今でもその傾向は変わっていません。
目の前の課題をすぐに解くことだけを目指すのではなく、それを少し抽象化して捉え直し、次にも使える形にしたいと思っています。だからこそ、解決に時間がかかることもありますが、複数の要素を同時に見て、どう組み合わせるかを考える姿勢が、システム工学に繋がっているのだと思います。
4回生から入った研究室で先輩たちの研究姿勢に感化され、修士課程への進学を望むようになりました。その研究室では制御の最適化をめぐってのディスカッションが白熱することが多く、先輩たちから多くの刺激を受けていたのです。ただ、修士課程(博士前期課程)では博士の学位を取得しようとは全く意識していませんでした。若手博士人材である助手の先生や博士号を取得寸前の先輩たちの知見が極めて高いレベルであり、自分とはかけ離れていると感じ、追いつけるとは思えなかったからです。
しかし、修士課程が進んでいくに従い、そんな先輩たちから深い学びを受けることで着実に専門性を深めていくことができました。同時に、目先の成果を求めるのではなく、問題そのものを深く考えようとする研究室の先輩たちの基本姿勢に感化されたこともあり、某大手電機メーカーから内定をいただいていたのですが、博士後期課程に進む決心をしたのです。
神戸大学は六甲山の麓にあり、学内の校舎、施設の移動には必ず坂、階段を上り下りすることになります。そこで、学生は60分以内の乗り継ぎは0円となるバスの乗り継ぎ割引きを活用しています。
修士課程から博士課程にかけて、私は生産システムの運用対策について、考えを深めていきました。効率的な生産工程ばかりを追求するのではなく、ものづくりの順序づけと、生産途中で溜まっている在庫のデータを上手く結びつけて工程を前に進めることによって、それまでは克服が困難とされた生産上の問題をクリア出来るのではないかという仮説の検証に挑んだのです。研究室の指導教授も研究内容について細かく指示するのではなく、「この論文を読んでみたら・・・」といったように、横から軌道修正するような姿勢だったので、自ら考える場面が多かったですね。
そして博士後期課程を修了、1990年に京都大学工学部の助手になり、その3年後に工学博士の学位を取得し、その後神戸大学で講師、神戸大学工学部助教授、神戸大学工学部教授、神戸大学大学院工学研究科教授を経て、2010年から現在に至るまで神戸大学大学院システム情報学研究科教授を務めています。2007年4月からの1年間は神戸大学大学院教授と東京大学人工物工学研究センター客員研究員を兼務しました。
玉置先生が考える博士を目指す大学院生のあるべき姿勢をお聞かせ下さい。
企業との共同研究は博士人材にとって非常に有益ですが、企業が持ってきた課題を大学がそのまま解決することをしていません。先生は「そもそも問題の本質は何なのか」を一緒に考えるところから始める事を大切にされてきました。
企業における研究では、結果がすべてと言えるほど、達成時期を定めた上で明確な成果が求められます。そのためには極めて効率的に研究を進めなければなりません。一方でアカデミアでは、回り道をしてでもより深遠な到達点を模索するような研究活動が求められます。そして博士を目指す大学院生には、学位の取得後に産業界とアカデミアのどちらを目指すにしても、在学中は自らのポテンシャルを磨くことを第一に、貪欲に多くを学び取る研究姿勢が必要だと考えます。そうして創造性豊かなセンスのある技術者/研究者になることで、社会に出てから光り輝けるのではないでしょうか。
ただし、以上のように研究姿勢は異なっても、在学中の大学院生を含め、アカデミアの研究者が企業と共同研究を行うことは、産業界の研究ニーズを知り、成果を出すスキルを磨く上で大きな意味があります。その中でも、あらかじめ企業からテーマがある程度設定され成果の提供までのスケジュールをパッケージ化した「受託研究」ではなく、あくまでも共創からの成果を目指す「共同研究」の方が博士人材の価値をより大きく引き出せると考えられます。特に、明確な指針を設定せずに敢えてテーマに曖昧さを持たせて様々な取り組みを行う共同研究であれば、創発的な価値が生まれる可能性が高まります。
私も修士課程の時から松下電工(株)(当時)との技術懇談会に参加させてもらっていましたし、博士課程を終えた段階から行っている積水化学工業(株)との共同研究は今も続いています(現在は(株)NTTデータセキスイシステムズ)。他にも(株)神戸製鋼所とも共同研究を進めてきました。
また、神戸大学では教育・研究における国際的ネットワークを強化し、真のグローバル人材の育成に向けたより体系的な国際戦略の構築を図る「国際共創推進本部」の立ち上げに代表されるように、大学院生・学部生共々グローバル教育に注力しています。その根底にあるのは国境を越えた人材交流によって学生たちが知見を蓄積出来るとの考えだけではありません。
国際交流で得られるのは、異分野、異文化、異世代と向き合い、そこから生じる新たな理解です。それが進むに従って今までの自分にはなかった視点や多様な価値観を次々と吸収し、自分の中で融合することで、そこからも創発的な価値が生まれ出ると考えられるのです。知の総合は足し算ではなく掛け算です。学生たちが自らの専門領域を1本の軸に、世界中の知を自分の中に取り込んでこそ国際交流の本当の意義が見出せるのではないでしょうか。
社会に貢献する博士人材を育むために神戸大学では他にもどのような取り組みをなされていますか。
六甲台第2キャンパスにある情報価値創造教育棟に入る神戸大学バリュースクール。工学だけで閉じず、経営学など他分野の視点にも触れながら、自分の専門が社会でどのような価値を生むのかを考える機会を創出しています。
国際交流以外でも、学生一人一人が知の総合を自分の中で体現することを目的に、2024年に分野横断的な教育研究を支える組織として「神戸大学バリュースクール」を立ち上げに参画しました。現在、スクール長を務めています。
ここでは、大学内における研究科・学部の壁を越え、様々な専門分野の学生が一緒になって、新しい価値を生み出す活動や講義に参加しています。そこで学んだ内容を自らの専門分野にフィードバックし、俯瞰的に理解することで、新しい価値創造教育を展開するプラットフォームとなるのです。
価値創造に関しては、これまで個々の学問領域・専門分野で議論されることがあっても、分野を越えて共通の土台で議論されることは殆どありませんでした。当バリュースクールは、全学的に議論し合うことで新たな価値を引き出し、教育と研究にフィードバックしていく、神戸大学の全学生・全教職員に開かれた場です。特に自らの研究テーマを追求する博士課程の学生にとっては、視野を広げ、研究内容を新たな段階にジャンプアップさせる貴重な機会となるはずです。
また、神戸大学内の人材交流に留まらず、地域の自治体や他校との連携も積極的に進めています。神戸市と神戸市内の他の高等教育機関と共に、神戸の街と一体になって社会課題の解決や技術研究に挑む「神戸ユニバーシティコンプレックス」や、「神戸グローバルイノベーションシティ」構想など、私たちが神戸の街をいっそう強くしていく施策にも大きく関与しているのです。
私もかつて様々な学術分野の研究者と交わったことで、大きな影響を受けました。そしてその経験が当バリュースクールの設置コンセプトに繋がっています。例えば若手研究者だった頃、重点領域研究として自律分散システムに取り組んだ際、創発的機能形成のシステム理論を研究した際、JSPS(日本学術振興会)の未来開拓事業での創発的シンセンスの方法論に参画した際などで、生物学や理学、さらには哲学の研究者からも自分とは同じ専門領域の研究者からは望めないような、研究を大きく前進させる得難い示唆を得ることができました。
一つの課題を捉える観点の相違として、生物の研究者はこのように見るのか、哲学の研究者はこんな発想で切り込むのかといったように、価値のある創発を誘引する体験があったのです。
博士人材の活用に関する産業界への提言はありませんか。
博士人材を即戦力として迎えるのは決して間違いではありません。しかし、自社の研究方針の中身にスキルや知見が完全に合致している人材しか採用しない姿勢では、将来的に大きな成果を生み出す“大化け”は望めません。多くの博士人材は、焦点が定まりきっていない漠たるテーマであっても、そこから何らかの成果や完成形を導き出す経験や勉学を積んでいます。もっと博士人材が持つポテンシャルの高さを評価して頂きたいと思います。
博士や博士課程の学生への応援メッセージをお願いします。
便利な道具や流行に流されるのではなく、自分なりの哲学や原理を持って学び続けて欲しい、と先生の実体験から博士人材を励まして頂きました。
私は複雑な要素を扱うシステム工学が専門分野ということもあり、個別の要素の相互作用によって新しい価値が生み出される、単純な足し算では説明できない「創発」を語ることが多いのですが、この現象は博士人材の研究姿勢にも当てはまるのではないでしょうか。様々な視点を持って研究を進めることで、研究のブレイクスルーが生まれる可能性が広がるからです。
その価値が表面化していないような、他人から無駄だと思われる研究テーマであっても、自身が研究価値を少しでも見出しているのならば、結果が見えるまで戸惑わずに突き進んで下さい。将来の積極果敢な博士人材像を築き上げるために決して無駄な経験にはなりませんし、その真摯な研究姿勢は誰かがどこかで見守っていて高く評価しているはずです。中途半端には終わらせず、結論に到達するまで気概を持って前に進み続けて下さい。イノベーションには至らずに失敗に終わったとしても、きっと未来の重要課題を提示するような成果に繋がり、博士人生における重要なプロセスを歩むことになるでしょう。