博士の先達に聞く
「時に専門を超えて大胆に新しいテーマを追う。そこに博士人材の価値がある」と語る九州大学理事・副学長 園田教授。
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大学院の在り方について従来の枠組みを超えて理想像を追求してきた九州大学。1970年代には大学院改革の一環として、既存の研究分野の境界領域を横断的にアプローチする「学際大学院」構想を進め、1979年に総合理工学研究科(現総合理工学研究院)を設置。さらに1998年には21世紀において、グローバリゼーションの本格化や高度知識・情報社会並びに人口減少・低成長到来を見据え、「改革の大綱案(たいこうあん)」を定めました。
その内容は、時代の要請に応えていくための学究機関であり続け、国際的・先端的学術研究を担う次代の研究者の養成等を目的としたものです。この「改革の大綱案」に従って研究科及び系、研究院の再編を行い、2000年に九州大学独自の学府・研究院制度を導入しました。同制度では研究機関としての大学院組織を「研究院」、教育機関としての大学院組織を「学府」に分離。研究院には教員が、学府には大学院生が所属し、教員が学府や学部に出向する形で教育を行うことにより、柔軟な組織改編が可能となりました。
こうした九州大学の大学院重点化施策は近年になって数々の研究成果が現れ、産業界との共創が活発化していることなども背景に、同大学院は九州・沖縄8県のみならず全国から優れた研究者を集めるアカデミアとして注目されています。そこで今回は、今も博士人材の指導を行いながら理事及び副学長として九州大学の未来を牽引する園田先生に、これまで大学院改革で先行してきた九州大学における現在の博士人材活用施策と、企業に就職後、改めてアカデミアに戻られた園田先生ご自身が抱いておられ、博士人材に対する想いについてお聞きしました。
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(掲載開始日:2025年2月17日)
園田先生が現在の九州大学理事・副学長に至るまでの経緯を教えて下さい
佐賀県に生まれた私は、宮崎県で中学・高校時代を過ごした後に九州大学工学部土木学科に進学し、大学院博士課程の前期まで修了しました。専門は斜張橋のコンピュータによる構造解析です。当時は本四架橋の建設が本格化していた頃で、とても楽しく研究を行いました。そして修士まで終えて準大手ゼネコンの戸田建設に就職。こちらでは現場技術者として働き、研究職に就く機会はありませんでした。土木業界は民間からの依頼が主体である建設業界と異なり、殆どが公共工事です。どのプロジェクトでも確立された従来工法が入札の際の要求仕様の中で指定されていましたので、普段から先端土木技術を研究し、現実の施工でも最新工法にチャレンジする機会があったのは業界を牽引するスーパーゼネコンくらいでした。
最近になって国土交通省は公共工事のコスト縮減や品質・安全の確保、環境の保全などの観点から新技術・新工法を奨励し、NETIS(New Technology Information System:新技術情報提供システム)を稼働させるなど、最新土木技術の研究環境には追い風が吹いていますが、私の就職当時は土木技術系の大学院を出ても民間で研究を続けることが出来るのはほんのひと握りの人間に限られていたのです。
就職後も構造解析の研究を諦め切れなかった私に大学の恩師から防衛大学の助手に就職しないかという連絡があり、2年で戸田建設を退職しました。防衛大学の採用に至ったのは、修士時代に書いていた論文が採用材料の一つになったようです。そして、それからしばらくは防衛大学に在籍し、7年後には講師に就いていました。助手として採用されると同時に、研究も再開しました。その内容は、橋梁などの構造物に自重や交通荷重以外の、例えば落石や土石流などの自然災害による衝撃的な荷重が作用した際に、その構造物が耐えられるかどうかを判断するための解析の研究です。防衛大学に在籍している間に論文を提出して九州大学で工学博士の学位を取得し、その直後にはカリフォルニア大学サンディエゴ校に1年間の留学をしています。
九州大学の教員になったのは防衛大学に10年在籍してからです。1998年に助教授として採用され、7年を経て教授になり、2015年に九州大学大学院工学研究院副研究院長を任されました。そして2020年には九州大学大学院工学研究院長、大学院工学府長、工学部長を兼任し、2023年から現在の職務である理事・副学長を務めています。また、九州大学内の役職以外では、2018年から国土交通省九州地方整備局事業評価監視委員会委員長を担い、2023年には一般社団法人九州橋梁・構造工学研究会の会長を拝命しています。
園田先生が考える博士人材の社会的価値についてご教授下さい。
現在は理系の学部生の7割以上が大学院に進学するようになっています。ところがそこから博士課程の後期まで修了して博士の学位を取得する者はまだ一部に過ぎません。大半は修士の2年間を修了後に就職します。それでも最近は博士の価値が再認識されてきたようです。企業がグローバルマーケットに進出する中では、欧米企業側のカウンターパートが博士であるケースが多く、日本企業側の社員も博士の学位を取得する必要に迫られていると推測出来ます。
私の専門である土木の世界では、ゼネコンが入札に参加する際に技術者国家資格の最高峰との一つとされる「技術士」の存在が、評価対象になります。この技術士と博士人材の価値やステイタスは同等視しています。
九州大学の大学院には、防衛大学出身の大学院生もいます。自衛隊に所属しながら派遣されてきているのです。彼らは大学院で5年間にわたって学び、博士の学位を取得して戻るのがミッションです。自衛隊には技術系の幹部も必要なのですが、それに加えて米軍と交流する中では相手側がドクターである場面が多いことから、対等に渡り合っていくには学位が必要になってきます。アカデミアやビジネスの世界ばかりか、国境を超えてグローバルで活躍しようと思ったらどのような立場でも、ドクターであることが極めて有効なのです。
博士の学位は、論文等によって研究成果を認められた結果です。重要なのは、学位に相応しいと認められた研究スキルに他なりません。修士となる博士前期課程の2年間は、ある研究の一部を担い、与えられた課題を進めるだけで過ぎていきます。博士前期課程を終えて後期課程に入った博士人材は、その後の3年間で課題を設定し、結論や成果を引き出すまでのストーリーを組み立て、自ら研究を進める経験を積んでいきます。そして、このプロセスこそが、研究者の基礎スキルを磨くことになるのです。この研究プロセスを一通り経験すれば、その後はどのようなテーマにも挑んでいけると思います。
博士人材の活用に関する産業界への提言をお願いします。
博士人材の専門スキルを経営上の技術課題とどのようにマッチングさせてマネジメントしていくか、その正解が見えないので博士人材の登用に二の足を踏んでいるという企業が今も数多く存在します。しかし、博士人材は一つのテーマを追求して成果を導くトレーニングをしているのですから、大きなテーマだけ渡してプロジェクトを預けるくらいの気持ちで任せ切れば良いのではないでしょうか。場合によっては成功する確率が十分に見込めない段階であっても任せる、それくらいの大胆さは必要です。そうして失敗を積み重ねないとゼロからイチを生み出すイノベーションはいつまでたっても期待できません。
博士人材を育むために九州大学ではどのような取り組みをなされていますか。
学際大学院構想を端緒に独自の学府・研究院制度を導入している九州大学は、博士人材の育成に向けて、数々の柔軟かつ大胆な取り組みを行なっています。例えば未来創造コースの事業統括をお任せしている君塚信夫教授の博士人財育成プログラム「K2-SPRING」はとてもユニークです。これはJSTの次世代研究者挑戦的研究プログラムに採択されたものであり、博士課程学生への経済的支援や多様なキャリアパスの整備とともに、既存の学術的枠組みを超えた挑戦的かつ、学際的な研究が生まれる仕組みを博士課程教育プログラムに導入しています。そのベースとなるのはSDGsマトリックス分類型プラットフォームです。SDGsには17のテーマがありますが、参加者に自身の研究と関連の深いSDGsテーマを選んでもらい文理の枠を超えて同じテーマを選んだ20〜30人で学際融合クラスを編成します。
そして自らの専門と異なる分野の同世代院生や多部局の教員とオンラインベースで議論を重ねていきます。こうすることで他分野の研究内容と背景を知るとともに、互いの研究の意義や将来展望の理解につなげていくのです。最終的に博士人材がこれまで築いてきた知見を基軸としながらも、一気に広範囲な学術分野に対する俯瞰的視野を獲得し、自主的に新しい学際融合領域の共同研究を提案・実施していくことになります。
他にも九州大学マス・フォア・インダストリ研究所では、その名前の通り産業界のための数学研究プログラムを推進しています。この組織は理学部の数学科をベースに経済学部など他の部局と連携して多様な数学研究を進める他、企業や他分野研究者との共同研究も積極的に推進。グローバルな場でリーダーとして活躍出来る優秀な博士人材の輩出を主目的の一つとしています。
また、より多くの優秀な博士人材の輩出に向け、根本的なところから取り組もうと考えてスタートしたのが高大接続のQFC-SP:九州大学未来創成科学者育成プロジェクトです。このプロジェクトは次世代の傑出した科学技術人材の育成を目指し、最初に九州の8県と隣接する山口県の教育委員会に協力を頂きながら卓越した意欲と能力を有する高校生を選抜。そして選ばれた高校生たちに九州大学が用意した環境で研究を開始してもらう制度です。そこには九州大学の教員の指導が入りますから、理系の本格的な研究を大学の入学前から開始出来ることになります。その後に大学に入学した際には既に研究態度や基本的な知識が身についており、早期から科学的思考力や問題解決力を養えることになります。
プロジェクトには現代社会における諸問題に科学でのアプローチと課題解決を試みる4つの分野系コースが設けられています。「科学と物質」「エネルギーと情報」「生物と生命」「デザインとメディア」の4分野に生徒の興味をそそる40近いテーマが準備されています。
QFC-SPパンフレット:https://www.aro.med.kyushu-u.ac.jp/pdf/center/qfcsp2022.pdf
2024年度は、7月から開始して5ヶ月にわたって基礎的な知識や技能を習得する第一段階であるQFCプライマリーの120名の採用枠に、300名を超える応募がありました。次の10ヶ月にわたる第二段階となるQFCリサーチでは25名程度に絞り、個別に行う研究内容を九州大学の教員の指導を受けながらいっそう深めていきます。最終的には学会での発表や論文の執筆も行われます。このQFC-SPを継続していくことで、いつしかノーベル賞の受賞者を輩出出来るのではないかと、楽しみにしています。
園田先生はどのような学生時代を過ごされていましたか。
私の学部時代は、構造解析を学ぶ一方で、学業以外では空手一色でした。1年生の時は九州大学の空手部に所属していましたが、3年生の時に極真会館出身の芦原英幸さんが創始者である芦原会館に入り、修士2年まで続けていました。黒帯の有段者です。寸止めをしないフルコンタクトの流派ですから、痛い思いもかなりしました。今でも頭の感覚は昔のスピードを覚えていますが、年齢を重ねるとともに身体が付いて来れなくなってしまいました。
博士・ポスドクへの応援メッセージをお願いします。
アカデミアでテニュアな研究者として活躍されている方はもちろん、博士後期課程を修了して就職した方やポスドクの方などの博士人材は、これから日本を変えていく原動力です。自らの研究力を信じて突き進んで欲しいと考えています。その一方で、自分がここまで到達できたらゴールだという“終わり”の設定をしてほしくはありません。社会が解決を必要とする課題は次々に立ち現れます。ですから新しい理論や知識を吸収しようとする態度をいつまでも持ち続けて下さい。
また、過去から取り組んできたテーマにこだわり過ぎないことも重要です。極めることは重要ですが、ある程度は柔軟な姿勢を持ち、様々な知見に触れながら自分を変えていく勇気が時には奏功します。実際に、習得した理論や方法論が対象物に適さないケースはあります。新しい取り組みに挑まず、全ての対象物に既知のものを無理に当てはめてばかりいては、大きな成果は見込めません。研究が一定の成果に到達したり、その成果でもカバーし切れない面が見え始めたりしたら、改めて新しいテーマを探し出して次の成果を追いかけて下さい…そうした姿勢こそが博士人材らしさではないでしょうか。