博士の先達に聞く
その時その場で自分にできる精一杯を続けていれば、いつかはきっと道が開かれると語る東北大学安中教授。
-
日本の文部科学省が推進する世界トップレベル研究拠点プログラム(World Premier International Research Center Initiative, WPI)は、優れた研究者を国内外から集め、世界的に卓越した研究拠点を日本国内に設立し、革新的な研究を推進するための国際的な研究ネットワークを構築することを目的としています。 東北大学は、このWPIプログラムの一環として、物質・材料科学や環境科学の分野で研究拠点を設立しています。その一つ、「変動海洋エコシステム高等研究所」(WPI-AIMEC : Advanced Institute for Marine Ecosystem Change)は、海洋環境の変化に対する生態系の応答・適応メカニズムを解明を目指して、東北大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)が、2024年1月に共同で設立した新しい拠点です。
その東北大学において、研究に邁進し、上記、WPI-AIMECの一員として活躍されているのが安中先生です。安中先生は東北大学大学院の理学研究科の博士後期課程で学術振興会の特別研究員として支援を受け、博士号を取得後も特別研究員-RPDやPDに採用されて東京大学にて研究を継続。その後、2011年7月から2014年3月までは国立環境研究所、2014年4月から2021年3月までは海洋研究開発機構にて、研究テーマへの視点やアプローチを変えつつ研究を深められました。そして、2021年に東北大学に戻り、教授職に就任されました。
大学の学部時代から一貫して地球物理学の研究を継続なさってこられた安中先生ですが、その研究者として現在にまで至る就業形態や場所は多様です。研究を継続するにあたってどのような姿勢や対応をされてきたのか、博士人材のキャリア形成において一つの理想的なロールモデルとして、お話を伺いました。
(掲載開始日:2024年10月31日)
安中先生が取り組んでおられる地球物理に関する研究内容をご紹介下さい。
私の専門は、地球物理学の一分野である海洋物理学です。これまでに蓄積された観測データを統計的に処理し、過去100年にわたる地球規模の海洋環境の変化を解明する研究に取り組んでいます。統計処理では、海流の水温や流速といった物理的データに加え、海水に含まれる硝酸塩やケイ酸塩などの化学成分、さらに植物プランクトンに関連するクロロフィルなどのデータも扱っています。現在は、これらの変数がどのような値で分布しているのか、またそれらが相互にどのように関係し、変化してきたのかを世界地図上に表現しています。
安中先生が博士課程から現在の教授職に至るまでの軌跡を教えて下さい。
私が地球物理学に興味を持ったのは、高校の物理の授業がきっかけでした。当時、「地球温暖化」といった言葉はまだ一般的ではありませんでしたが、熱帯雨林の減少や野生のサイの絶滅といった地球規模の環境問題に関心を持っていました。一方、テープタイマーのような非常に簡単な測定装置で、台車の運動だけでなく、人間の歩行の詳細(利き足や足を踏み出す時の速度変化)を調べられること、F=ma の単純な式で様々な物体の運動を記述できることなど、物理の面白さを知りました。そんな時に、物理の先生から地球上の風や気温の変化を物理法則で解明する「地球物理学」の存在を教えて頂き、この分野に強く興味を持つようになりました。
大学進学の際に東北大学を選んだのは、理学部に地球物理学科があったからです。今でこそ多くの大学に地球物理学を専門に教える先生がいることを知っていますが、当時は地球物理学を学ぶなら、独立した学科のある東北大学が最適だと考えました。無事にこの学科に進学し、学部3年の時に地球温暖化の主役は海、との言葉に惹きつけられ、海洋物理学を専門とする花輪公雄教授の研究室を選びました。
その後、1999年4月から2005年3月まで、東北大学大学院理学研究科の博士課程(前期・後期)で、花輪先生のご指導のもと、世界の海や気候の変動を明らかにする研究に着手しました。世界中の海で測定された水温のデータを集めて整理し、大規模な海水温の急変が、過去100年間に5回起きていたことを明らかにし、博士論文としてまとめました。
2006年7月に仙台を離れ、出産育児に伴う研究中断を経て、2007年4月より、日本学術振興会の特別研究員(RPD*1)として、東京大学にて研究活動を再開しました。東京大学では、温暖化プロジェクトに参加し、地球システムモデルを使ったシミュレーションを行いました。2011年には国立環境研究所で特別研究員として任期制のポジションに就きました。こちらでは海洋化学の研究に携わることになりましたが、ちょうどCO2や硝酸塩濃度などの化学データの蓄積が進んでいた時期で、それまで水温データの解析に使用していた手法を応用することで、成果を上げることができました。
2014年になり、海洋研究開発機構(JAMSTEC:ジャムステック)の研究者として採用され、2018年に晴れて任期が設定されていないテニュアなポストに就くことができました。子供の手が離れつつある時期でもあり、やっと研究者仲間の輪に戻れたように感じました。
その後、2019年に東北大学大学院理学研究科でクロスアポイントメント制度(2020年から、研究者等が複数の大学・研究機関それぞれと雇用契約を結び、併行して研究を進めることを可能とした制度)が認められ、海洋研究開発機構と東北大学准教授を兼務することになりました。そして2021年には東北大学教授に就任し、現在も研究を続けております。
*1:子育て支援や学術研究分野における男女共同参画の観点から、優れた若手研究者、出産・育児による研究中断後も円滑に研究現場に復帰できるように支援する学術振興会が運営する制度。
博士人材が研究を継続・発展させていくためには、どのような姿勢が必要でしょうか。
博士課程に進む障害の一つに、経済的な面の不安があるかと思います。現在、東北大学では、博士課程(後期)の学生に対する様々な経済支援制度を策定し、支援を希望する学生のほぼすべてが、何らかの経済支援を受けながら研究を行っています。
私は博士後期課程の途中から、学術振興会の特別研究員として支援を受け、東北大学(宮城県仙台市)で博士号を取得しました。その後、東京大学の柏キャンパス(千葉県)に勤務先を移しました。次に茨城県つくば市にある国立環境研究所で、さらにテニュアトラックに乗ることができた海洋研究開発機構では神奈川県の横須賀で研究を進めました。そして、現在は東北大学の教授として、再び仙台に戻ってきました。このように勤務する研究機関が変わるたびに勤務地も移りましたが、そんな私自身の経歴を改めて振り返ってみても、確信を持って進路を選択してきた訳ではありませんでした。また、数年先や十数年先を見据えたキャリア設計を行い、所属する研究機関を設定してきた訳でもありません。その場、その場で目の前の研究に取り組みながら、その時々で目の前にある選択肢の中から最善だと思える進路を選び、次の研究機関へと移ってきました。勤務地を含め研究環境の変化を厭わない姿勢は、博士取得後のキャリアを少しずつでも前進させるポイントだったと感じています。
所属研究機関が変わることで得られるメリットとして確実に言えるのは、その都度、新しい人と出会い、研究を続けるための協力者が増え、自分自身の知見獲得の機会が広がることです。思ってもみなかった研究テーマを手掛けることもありますが、それが自分の視野やスキルを広げるきっかけとなります。また、様々な年代の、様々なバックグラウンドを持つ人たちとの会話は、研究や仕事に留まらない驚きと発見が常にあり、人生を豊かにしてくれます。これまで築いてきた人脈は、今の研究教育活動でも、大いに役立っています。
ポスドクは任期満了後のキャリアステップが見えにくいことから、将来に不安を抱くこともあるでしょう。でも、予想していなかったことが起こる人生も楽しいと思いませんか?常に成果を求められるのはプレッシャーですが、それを正当に評価してもらえるのであれば、やりがいにも変えられます。その場で評価されなかったと感じても、見てくれている人はいます。その時その場で自分にできることを、が大切と思います。
安中先生が所属する大気海洋変動観測研究センターの博士人材にはどのような進路がありますか。
地球物理を学んだ博士人材の進路としては、アカデミア以外にも多様な選択肢があります。特に、気象庁や民間の気象予測サービス会社に就職する学生が多いです。当センターの出身者の中には、学位を取得するために一時的に大学に戻り、論文博士として学位を取得する人もいます。他にも、保険業界、建築業界、土木業界など事業自体に気象研究が役立つ業界に進む人も少なくありません。近年は、大企業を中心に多くの企業で気候変動対応を経営戦略に盛り込むことが増えていることから、博士人材の進路の幅は更に広がっているようです。
安中先生ご自身はどのような学生時代を過ごされたのですか。
高校時代に地球物理学を知り、東北大学を目指したと言いましたが、真面目な学生ではなかったかもしれません。学部時代は、ワンダーフォーゲル部に所属しており、その比重が高かったですし、大学院時代も、その仲間と、あるいは一人で、遊び回っていました。週末は仙台市近郊の山々を訪れ、春休みや夏休みには青春18きっぷ(*2)を買って日本各地の山々に登りました。クマに怯えながらの藪漕ぎの先に見た知床岬、下るほどに景色が変わる四万十川、長い稜線が続く南アルプス、今でも数々の景色が瞼に浮かびます。
流石に、院試(大学院入学試験)前の1ヶ月間は、寝る間も惜しんで勉強しましたし、修論(修士論文)提出前は、研究室に泊まることもしばしばでした。オンとオフのある生活だったかなと思います。
*2:JRの普通列車・快速列車を5日分の利用が可能な使用期間限定の定額乗車券。長距離乗車するほど割安になる。
博士・ポスドクへの応援メッセージをお願いします。
ここまで何とか職がつながってきたのは、単に幸運だったからなのかもしれません。しかし、どのような内容であっても、公募などで目の前に現れた募集ポストがチャンスだと感じたら、積極的に挑戦することで未来のキャリアは広がるはずです。
特にポスドクでは公募されているテーマと、自ら研鑽してきた研究内容を擦り合わせていくことで、研究者としての幅が広がります。また、上司を含め、周囲の人と積極的に関わることも大切です。その関わりの中から、今後の方向性や、自分にできそうな研究の種が見つかるはずですし、それが次のポストに繋がっていきます。
笑う門には福来たる。他人と比べず、過去の自分と比べよ。振り返れば、全てはよい経験。一緒に明るい未来を築いていきましょう。