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博士の先達に聞く

東芝で原子力技術の先端を歩んできた川野教授らが推進。 未来に挑む博士人材支援を行う東京大学WINGS CFSプログラム。

Interview

東京大学WINGS CFSの概要を教えて下さい。


東京大学WINGS CFSは、東京大学大学院工学研究科専攻間横断型教育プログラム 機械システム・イノベーション(GMSI)プログラムを基にしており、カリキュラムも継承しています。

WINGS CFSは、2019年度に開始した「未来社会空間の創生」国際卓越大学院(WINGS iFS*)を引き継ぎ、東京大学内全体へ展開したプログラムです。WINGS iFS自体も、ナノメートルオーダーの現象を解明・制御する革新的な機械システムの創出と、これを先導する人材の養成を狙って設置された高度研究者育成プログラムである「東京大学大学院工学研究科専攻間横断型教育プログラム 機械システム・イノベーション(GMSI= Graduate Program for Mechanical Systems Innovation)」を母体にスタートしており、現在もWINGS CFSでは、GMSIプログラムを担ってきた事務局が運営し、カリキュラムも継承しています。
WINGS CFSの教育理念は、2016年に国連で採択されたSDGsに掲げられた「持続可能な社会を実現させるイノベーションの創出を担う人材の育成」です。
具体的には、様々な社会課題の解決を図るための専門を極めつつも、その領域だけにこだわらない柔軟性を持ち、科学や技術マネジメントと組織マネジメントの両方に長け、グローバルで持続可能な未来社会の協創を主導する「未来社会協創人材」です。そして、指導教員は工学系研究科を中心に新領域創成科学研究科や農学生命科学研究科、経済学研究科、総合文化研究科から併せて69名の教授が参画しています。当プログラムはすべての本学大学院生が受講可能となっています。

WINGS CFSが実施している主要なプログラムをあげると次の3つがあります。一つ目は、Project Based Learning(PBL)です。これは、修士・博士課程の学生5〜6名でチームを組み、産業界から与えられた教育用テーマの解決を図る演習や、産業界が提供するテーマを中心に自ら設定したテーマの課題解決を進め、PBLの事例講義、中間発表、最終発表を行います。

二つ目が、ジョブ型研究インターンシップです。これは博士が対象の2ヶ月以上の有給インターンシップであり、21大学30企業が参画する産学協働イノベーション人材育成協議会(C-ENGINE)が提供する多数のインターンシッププログラムの他、株式会社東芝、インド発のタイヤメーカーで、世界100カ国以上で製品・サービスを提供しているApollo Tyres、武田薬品工業株式会社等とは東京大学との直接連携でインターンシップを実施しています。

そして三つ目が、海外招聘者を交えた夏休み期間中に行う合宿形式のサマーキャンプです。2024年は台湾の国立精華大学で実施し、米国プリンストン大学や英国ケンブリッジ大学からも学生を招き、国立精華大学の学生たちを加えたグローバルな環境の中で研究及び共通課題に関する討論形式の授業を行います。密度の濃い集中講義・討論会を経験することで、産業界および学術界のイノベーションリーダーとなる基礎的な素養や専門知識に加え、グローバルリーダーシップやコミュニケーション力を涵養します。

また、他にも月に数回のペースで開催するセミナーやフォーラムでは、学内・学外問わず、産業界も含め様々な分野の第一線で活躍するエキスパートの知見に触れることが可能です。昨年の例で言えば、ソニーや沖電気工業等の産官で要職を担う方にご登壇頂き、事業戦略や特許戦略、海外進出などについて語ってもらいました。戦略系コンサルティングファームの方には企業経営に関するトークをして頂きました。

また、このプログラムに加入した本学の大学院生は経済的な支援も受けることが出来ます。研究に集中できる生活環境を整えることも、本プログラムによる研究者養成において重要視されているのです。こうした支援もあって、半年に1回の募集には毎回定員を大幅に上回る応募があり、面接を行なって合否を決めています。

*WINGS iFS=WINGS innovations for Future Society、「未来社会空間の創生」国際卓越大学院

川野先生がどのようにWINGS CFSに関わっておられるのかご紹介下さい。


企業が博士人材に求めるのは、問題解決能力に加えて、新たな事業を創出する企画提案能力です。産業界で培った私の経験から国際社会で活躍する人材教育にやりがいを感じています。

2023年8月に株式会社東芝の研究者から本学に転身し、10月に現在の役職であるWINGS CFSおよびGMSIの特任教授に着任した私は、WINGS CFSのカリキュラムの中で講義やセミナー講師を受け持つのではなく、主に企画と運営側の役割を果たしています。PBLでは産業界に働きかけてプロジェクトのコーディネートを行い、インターンシップではC-ENGINEや産業界と緊密に連携して実施の段取りを整え、サマーキャンプでは協力大学と共にカリキュラム内容の検討やスケジューリングの調整等を行っています。

現職を担ってから1年も経っていない中で感じているのは、東京大学の大学院生の優秀さです。私は日常から修士課程や博士課程の学生と会話をする機会がありますが、打てば響くような大学院生が多いと感じています。専門分野に関する深さは当然ながら、英語力についても普段から英文の論文、また国際的な環境に慣れているからでしょうか、本人たちに不自由さを感じません。何より講義やセミナーを企画運営の立場で見ていると、学生たちが的を射た質問をすることにいつも感心しています。

そんな博士課程の学生たちが、いずれは産業界を通して国際社会で活躍するための教育に携わる現在の仕事に、大きなやりがいを感じています。学生たちとキャリア指導を通して深く関わっていく中で、あるいはWINGS CFSのカリキュラムをブラッシュアップしていく中で、東芝における35年間の研究者キャリアで培った、”産業界で研究を進めていく手法やノウハウ”を提供していくことも私の中で一つの指針に置いています。

まず、企業が入社した博士人材に求めるのは問題解決能力です。企業において、技術トラブルへの対応は、短時間での解決が求められます。限られた時間とコストの中で最も効率の良い試験や解析方法で解決に導く成果を獲得する必要があります。そしてさらに重要なのは、新たな事業を創出する企画提案能力です。将来の事業の核となる製品やシステムのアイディアを着想し、成立性を確かめる研究計画を立案し、開発のエンジニアリングスケジュールや実施体制を策定し、マネジメントする力量が問われます。こうした研究者に必要な能力を向上させる教育カリキュラムを、より充実させたいと考えています。

東芝での川野先生の研究者としてのキャリアについて触れて下さい。


前職の東芝の研究所では、原子力発電所の構造材料に関する研究を行っていました。直近まで、東日本大震災で被害を受けた福島第一原子力発電所の燃料デブリの解析研究を行っていました。写真は、2022年8月の第6回福島第一廃炉国際フォーラムにて。

私は北九州市の出身で、父も、祖父も、叔父も、八幡製鉄(現日本製鐵)に勤務していたことから、子供の頃から製造業に就職してものづくりのための研究開発に携わりたいと考えていました。それで九州大学の工学部に入学し、応用原子核工学科の修士課程を終えて、世界的な原子力発電設備メーカーである東芝に入社を決めたのです。大学から大学院まで専攻したのは、原子力発電設備を構成する様々な材料についてです。強度や耐腐食性で最適な原子炉容器や配管等の材料を追求するべく、学生時代は銅やファインセラミックスを、東芝ではステンレス鋼を主な研究対象としました。他にも燃料棒のジルカロイや耐摩耗材のコバルト基合金やニッケル基合金などの特性研究も行っていました。

そうした私の、東芝時代の後半生の大きな研究テーマが、燃料デブリの特性研究でした。そのきっかけは、2011年の3月11日に発生した東日本大震災です。この時に沿岸を襲った津波の影響で電源供給が停止した福島の原子力発電所が炉心溶融を起こし、過熱した燃料が原子炉内の構造物と共に溶け出しました。その溶けた燃料等が冷えて固まったものが燃料デブリです。この放射能レベルの高い燃料デブリを切断処理して安全に取り出すには、それがどのような硬度であり、どう加工することが可能であるのかといった材料特性を見極めなければなりません。そこで私に、燃料デブリの物質的な特性を解析する研究が任されたのです。
この研究の過程では、燃料デブリのリアルなモデルを製作するために、旧ソ連の原子力開発センターを引き継いだカザフスタンの国立原子力センターの協力を得て、そこに設置されている高温装置を使い、二酸化ウランを2500度まで加熱して溶かす実験も行いました。福島の被災した原子力発電所を安全に廃炉まで導くには、とても必要性の高い研究だったと言えるでしょう。

以上の研究が一定の成果を収め、実際に燃料デブリの特性把握に目処がつき、一連の国家プロジェクトも2022年に終了して、私の使命は一段落しました。そして私自身も部長同格待遇の研究者だった東芝で役職定年を迎える年齢となりました。こうした様々な状況が重なったことが転機となり、私はこれからのキャリアを模索しました。そして、次はこれまでに培った研究者としての知見やノウハウを若い人たちの教育に役立てたいという想いに至り、現職に応募、教育者へと舵を切ったのでした。原子力材料の仕事をやり切ったという達成感が、私を新たなステージに挑ませたのだと思います。

博士人材への応援メッセージをお願いします。


工学の研究は実社会に対して展開していくものと考えており、まずは専攻領域を極めて欲しいと考えます。そして、コミュニティを広げ、さらに理工系以外の分野を学ぶことを薦めます。

大学院に進学した学生の皆さんは、まずは何よりも所属した研究室で専攻する領域を極めてほしいと思います。それが、修士課程と博士課程における本筋ともいえる道であり、WINGSなどの卓越大学院プログラムは、研究室の一員として築き上げた専門能力の価値を、社会に向けて展開していくためにあるものです。専門の研究が滞れば、いくら優れたカリキュラムを擁した卓越大学院プログラムであっても、自らの研究者としての価値を引き上げることは難しくなります。皆さんを指導する教員は、その分野・領域における第一人者であるはずです。そうした指導教員の元で自分が知的関心を持っているテーマに関連する膨大な論文や資料を読み込み、新たな知見を得るための仮説を組み立て、それを実験やシミュレーションで検証していく。そうした王道とも言える研究手法の能力を徹底的に磨いてほしいのです。

また、研究について語り合う仲間を増やすことも、研究を前に進める機会が膨らみます。研究領域を超えた学内の人脈はもちろん、他大学や産業界、海外の研究仲間などへと、自らが所属するコミュニティをどんどん広げて下さい。理工系以外の分野を学ぶ価値も大きいと思います。例えば歴史を学ぶことで、現代社会がどのように成り立ってきたのかを理解するヒントを得ることができます。最初から歴史の専門書を読み込むのではなく、気軽に歴史小説から読み始めてみるだけでも十分です。外国の方と研究を進めることになったら、その方の母国の歴史に触れてみるのも良いと思います。きっとお互いの理解が深まり、共同研究がスムーズに進むはずです。

産業界に就職したり、アカデミアに残って責任のある立場に就いたりすれば、研究者であっても複数のテーマやミッションを並行して追いかけるような多忙な日々を送らなければならなくなります。時間に余裕のある若手のうちに様々な学問領域に触れることで、専門分野への洞察がいっそう深まり、異分野の研究者とのコミュニケーションも取りやすくなります。研究室で専門領域を深めながら、卓越大学院プログラムなどを上手く活用して、視座が高く視野の広い、そして問題解決能力を持った研究者に育てば、あなたの未来は輝かしいものになることでしょう。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。