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博士の先達に聞く

産と学の知の交流の架け橋になるべく、C-ENGINE事業責任者の重責を担う藤森義弘氏。

Interview

藤森様が事業責任者を務めておられるC-ENGINEについて改めてご紹介下さい。


研究インターンシップのマッチングを行っていますが、単なる就職支援ではなく、研究分野を超えて博士人材が研究ポテンシャルを発揮することを狙いとしています。

C-ENGINEの主な活動は、会員大学の博士人材を会員企業の準備する長期研究インターンシップに、適切なマッチングを図って送り込むことです。
この目的は単純な就職支援活動ではなく、2〜3ヶ月に及ぶ研究インターンシップを通して博士人材の本来持つ研究ポテンシャルを存分に引き出す機会を設け、産業界も含め様々な場所で活躍する意欲を引き出すことにあります。
企業側にも、博士人材が持つ「イノベーションを引き起こせる力」を知る機会を持ってもらいたいという想いがあります。研究インターンシップ後、博士人材がそのまま就職することを選択すればそれは一つの成果と言えるでしょう。

しかし、それだけではなく、最終的に博士人材がアカデミアに残ることを選びつつも研究の更なる発展に繋がれば実施した価値は大いにありますし、加えて研究インターンシップを通して博士人材から刺激を受けて企業がイノベーション体質を育んだり、博士人材の研究開発における有用性を確認して採用枠を増やしたりすることになれば、ダイレクトな就職に結びつかなくても大成功だと捉えています。

近年、博士人材の就職状況は一時期に比べかなり改善されています。
以前は学部卒や修士課程を修了した学生までが採用のテーブルに乗り、博士人材はその価値に見合った採用がされにくいと言われていました。そのため、非常に優秀でありながら修士の学位を取得後に就職を選ぶ学生が多かったのです。
博士課程からいよいよ自らが選定した本格的な研究に挑むことができるのに、修士課程で研究を終わらせてしまうのはもったいないことでした。
しかし、C-ENGINE参画大学の理系学生で、かつ、企業への就職を希望している学生に限れば、博士人材が就職に困っているという話はかなり少なくなっています。
今では、博士人材の採用に積極的な企業も増えつつあると聞いています。


インターンシップの質を高める取り組みとして、会員大学の理事で課題や対応策等の意見交換の場である「大学理事意見交換会」、会員大学と会員企業が会して事例分析やインターンシップテーマの検証等行う「合同会議」、各大学のコーディネーターが集まりノウハウ共有や蓄積等を行う「コーディネーター会議」が行われています。

それでも、我々C-ENGINEが長期の研究インターンシップの実施を今以上に拡大しなければならないと考えているのは、就職した博士人材が能力に見合った活躍をしていないケースが少なくないからです。
決して大学院で究めた研究内容が継続できなかったからではありません。多くは、自らの研究者としての価値を伸ばせる就職先をしっかりと選んでないことが要因だと考えられます。
他方、就職後に優れた研究成果や開発実績を上げている博士人材は、研究に集中できる環境があり、博士人材の本来の力であるトランスファラブル(転用可能)なスキルを引き出す柔軟なマネジメント風土が醸成されている企業に就職しています。
つまり、人(社員)を大事にして成長を促し、その総和によって企業価値を高める「人的資本経営」を行っている企業と出会えるかどうか、これは博士人材の未来にとって極めて重要なポイントになるのです。

博士人材は、インターンシップでも、仕上げようとしている博士論文のテーマに沿った研究をしたいと考えます。社会に出てからもそのテーマで勝負しようとします。
一方でインターンシップを採用活動と捉える企業は、即戦力を期待するあまり、社内の研究開発上でホットな課題に即したテーマをインターンシップで設定しようとします。
これでは良い出会い、望ましいマッチングは難しくなります。
博士人材が本来持ち得るスキルで評価されているのは、「研究テーマを設定しその成果や課題解決に向けたプロセスを歩むことが出来る」という力です。テーマが変わっても、このトランスファラブルなスキルは発揮できます。

では、どうすれば自らの価値を高めることが出来、望んだキャリアに進むことが出来る企業に出会えるのか。
研究インターンシップに参加し、博士課程で身に付けた自らのトランスファラブルな面を見つけ出すことは、かなり有効なアクションになります。自分では気づいていなかった将来性や価値を、企業が引き出してくれる潜在的な能力を少しでも体感することです。

「人の交流、知の交流」を事業コンセプトに掲げるC-ENGINEですが、産学の交流で重要なのは日常的な対話です。
短期のインターンシップでは、博士人材側の「こんなことがしたい、こんなことが出来る」や企業側の「こんなことをして欲しい」といった双方の要望が限られた期間内でピッタリと折り合うことはまずあり得ません。
それよりも、長期の研究インターンシップの初期段階における博士人材と企業側が互いに歩み寄ろうとする中での何気ない会話で、「それは面白そう」、「そんな考え方があるんだ」という互いに共鳴するポイントが現れ、それが起点となり、想定していなかった、しかし価値のある研究成果に向けて一気に進むことが多々あるのです。

C-ENGINEの会員企業は先端領域の研究開発で高く評価される企業ばかりですが、規模が巨大な企業が多く、全てのインターン実施部門が人の未来の価値や成長を引き出すことを最優先する「人的資本経営」を推進しているとは言い切れません。
しかし、C-ENGINEの意義に共鳴しての参画ですから、博士人材の潜在的な能力を拓こうとする姿勢は、どの実施部門にも共通です。そうした会員企業と出会い、相談された研究テーマを柔軟かつ多面的に捉え、成果を通じて企業での研究に価値を見出すことで、博士人材の就職先の選択は格段に洗練されると考えられます。

藤森様が博士人材のキャリア支援を行おうと考えた経緯を教えて下さい。


「京都大学薬学部で博士後期課程を修了後、数学教員、経営者、若手経営者仲間のリーダーを経て起業し、本コンソーシアムの構想が出た際に、アカデミアと産業界に広い人脈と知見を持つ私に事業責任者の依頼がありました。」

私は京都大学の薬学部に入学し、最終的には薬学研究科の博士後期課程を修了しました。
残念ながら薬学に心血を注げるような情熱を持つことが出来ず、興味の対象が向いたのは医学や数学でした。そこで学際的に視野を広げたことによってトランスファラブルな研究の価値を認識出来たのかもしれません。
その後、いずれはアカデミアに戻るつもりで府立高校の数学の教員となりましたが、結婚した相手の実家が京都の砂糖問屋を経営しており、義父となった社長の後継者候補に収まりました。
その時に、薬学の知識を持っていたことから、砂糖や他の糖類の物質的な特性に関する仕入先や卸先の相談に乗ることが多く、京都の経済界と人脈を築くきっかけを作りました。
さらに銀行の主催する若手経営者セミナーに幾度か参加するうちに多くの経営者と知り合うことになり、数年後には自らの立ち位置を砂糖問屋の一経営者から京都の若手経営者のリーダーへと移したのです。

そして、自ら起業し、1999年頃には、交通工学の分野で世界的な権威であった京都大学の教授や大手自動車メーカーの技術者とともに国家プロジェクトを構想し、京都で電気自動車を活用したカーシェアリング実証実験を主導していました。
この時に、京都府、京都市、京都商工会議所と密に接する機会が増え、地元での人脈の輪がさらに広がりました。

プロジェクト終了後は、数年、京都商工会議所で産学公連携の仕事に携わりました。文部科学省のグローバル産学連携拠点事業では京都大学と一緒に幾つかのプロジェクトを進めました。
京都大学の教職員とのネットワークが広がる中で、2013年に京都大学が中心となって現在の現在のC-ENGINEの母体になったコンソーシアムをつくる構想が生まれました。
そして京都においてアカデミアとも産業界とも広く交流を持つ私に、事業責任者を務めてもらえないかという話が持ち込まれました。

C-ENGINEを通して産業界に進出した博士人材をご紹介下さい。


多くの研究インターンシップ詳細事例の一部をHPや冊子にまとめています。
バックナンバーはこちらから

C-ENGINEの研究インターンシップを通して博士人材が研究者として貴重な経験を得た例は数え切れません。
C-ENGINEのWebサイトには、数々の事例が掲載されています。

その中でも特にC-ENGINEらしい事例に、宇宙物理学を専攻していた博士人材が大手重工会社の研究インターンシップに参加して、企業側も驚くほどの成果を上げたケースがあります。
大手重工会社を始めとする製造業は、理学系よりも工学系の博士人材を採用する傾向があります。より実学に近い工学の方が、早期に戦力になると考えているのは容易に想像出来ます。
ただ、C-ENGINEには博士人材のトランスファラブルな可能性を産業界に知ってもらいたいということが主要目的の一つにありますので、理学系の博士人材にも積極的な参加を呼びかけています。

このケースの博士人材であるAさんは、宇宙物理学を専攻しD2の段階ですでに論文2本を仕上げていました。また、国家公務員上級職試験にも合格していたほど優秀でした。
それでも宇宙物理学者の進路となる天文台の職員や大学教員は採用枠が狭く、将来の選択を迷っていました。
そんな時にC-ENGINEで大手重工会社の研究インターンシップに参加したのです。

最初に企業が行うインターンシップのオリエンテーションでは、Aさんと大手重工会社の担当者との間で接点は見つかりませんでした。
「タービンの燃焼器に関する研究をしてもらいたいのだが、これと、これと、これについて知っていますか」という担当者の問いかけに対し、AさんはNOを連発せざるを得なかったのです。
そこで大手重工会社側は参考書として数冊の教科書を提示し、内容を確実に把握して下さいと要請。それから10日後に実習が始まり、Aさんは与えられた課題を、予定の2ヶ月間ではなくわずか2週間でクリアしたのです。
重工会社側はAさんのポテンシャルの高さに驚きました。複雑な数式を駆使して進めていくブラックホールの研究をしていたAさんにとって、タービンの燃焼状況の解析に必要な数式を理解するのはさほど難しくなかったそうです。

結果的にこのインターンシップでは、大手重工会社側の想定をはるかに超える成果を残すことになりました。
そして物理現象に対する理解力が突出して優れていると判断した大手重工会社側は、Aさんを研究者として正式に迎え入れることを決めたのです。

藤森様が考える、C-ENGINEがこれから成果を出すポイントは何ですか。


「学生に当協議会を正確に認識してもらい、教員にも研究室にとっても有効であると知ってもらうこと。何よりも受け入れる企業が博士人材とともにイノベーションを起こそうと考えることが重要であると考えています。」

何よりも、博士人材に研究インターンシップの価値を広く周知することが重要だと考えています。
まだまだ多くの博士人材は、インターンシップを就職活動の1プロセスとしか捉えていませんし、自身の適性を見極めずに無自覚にアカデミアで研究を続けることに拘る学生もいます。
そうした博士人材に研究インターンシップについて深く知ってもらい、積極的に参加したいというマインドを形成するには、C-ENGINEのブランド化を進めていかなければならないでしょう。
これは、C-ENGINEの実務を担う我々の重大な責務だと考えています。

博士人材を日頃から指導している教員側に対しても、期待することがたくさんあります。
インターンシップを大学側では関知しない学外の活動と考えるのではなく、研究室にも多くのプラス材料をもたらすものである、と捉えて欲しいと考えています。
博士人材が時間を割いて博士論文のテーマとは異なる研究を経験することは無価値ではない、インターンシップで得た知見を研究室に寄与するメリットもある、そう考えて頂ける指導教員を増やしたいのです。
C-ENGINEの研究インターンシップがきっかけで、大学と企業の共同研究に発展することもあり得るはずです。

博士人材に向けたアプローチに加え、会員大学や会員企業の更なる拡大にも取り組んでいかなければならないと考えています。
C-ENGINEの会員大学は旧帝大を中心に入試偏差値の高い難関大学で形成されているように見えますが、C-ENGINEを構成する会員大学に参画する資格は、決して入学難易度の高さではありません。学部から大学院に至るすべての過程において、真剣に優れた研究者を育もうとする支援体制が学内全体に根付いているかどうかで判断しています。
企業についても同様のことが言えます。C-ENGINEを採用活動の手段と捉えるのではなく、博士人材とともにイノベーションを引き起こしたいと本気で考える企業の参加を募っています。

博士人材への応援メッセージをお願いします。


(左)事業部門マネージャー 野口 真理子氏。
京都大学で地域研究の博士号を取得した野口氏は、ご自身の経験を活かし、博士人材に寄り添いながらインターンシップを推進しています。

我々は産と学の知の交流の架け橋でありたいと考えています。
博士人材の皆さんにはC-ENGINEを産業界との知の交流の場として、積極的に、遠慮なく、使って欲しいのです。
企業内の数多くの研究者と出会い、会話を重ねるうちに思いもよらなかった研究ビジョンが見えてくることをご期待下さい。
期待に反してインターンシップで明確な成果を出せなかったとしても、その総括は研究者としての軌道修正のきっかけとなり、将来に大きな意味を持つはずです。
そうした中から、たとえ小さなものであっても社会の発展や問題解決に繋がるイノベーションが萌芽すれば、以降の研究者人生はより充実したものになるでしょう。
産業界は、皆さんの第一歩をお待ちしています。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

Information

一般社団法人 産学協働イノベーション人材育成協議会

  
活動内容 イノベーションを創出する力を有する高度理系人材の輩出を目指す、多対多の大学と企業における連携活動
    ・修士/博士学生の研究インターンシップ推進
    ・産学連携企画運営
    ・オンライン人材交流システムの運営     
会員大学 東北大学、筑波大学、東京大学、東京工業大学、東京理科大学、お茶の水女子大学、東京都立大学、東京外国語大学、金沢工業大学、滋賀大学、京都大学、大阪大学、大阪公立大学、神戸大学、奈良先端科学技術大学院大学、奈良女子大学、和歌山大学、岡山大学、九州大学、鹿児島大学
(2024年4月現在)     
会員企業 川崎重工業株式会社、キヤノンメディカルシステムズ株式会社、京セラ株式会社、コニカミノルタ株式会社、株式会社JSOL、塩野義製薬株式会社、シスメックス株式会社、株式会社島津製作所、株式会社SCREENホールディングス、住友電気工業株式会社、ダイキン工業株式会社、株式会社ダイセル、大日本印刷株式会社、株式会社竹中工務店、株式会社タダノ、一般財団法人電力中央研究所、東レ株式会社、TOPPANホールディングス株式会社、日東電工株式会社、日本ゼオン株式会社、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社、パナソニックグループ、株式会社日立製作所、BIPROGY株式会社、株式会社プロテリアル、三菱重工業株式会社、三菱電機株式会社、株式会社村田製作所、株式会社リコー、ロート製薬株式会社
(2024年4月現在)     
※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。