博士の先達に聞く
個別面談を軸に博士人材が本来持つ多様な可能性を共創し、 キャリア形成を支援する名古屋大学 博士課程教育推進機構 キャリア支援・教育部門。
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化学賞と物理学賞にて合わせて6名のノーベル賞受賞者を輩出する等、傑出した研究力を内外に示している名古屋大学。そのアカデミアとしての高い評価の源泉となっているのが、同大学における13の大学院研究科です。そこから日本を代表するような研究者を数多く輩出してきた同大学ですが、近年は大学院から直接就職する、あるいはポスドク(ポストドクター:博士研究員)を経て産業界へ転身するケースが増加していると聞きます。しかも大学院時代の研究や開発を継続するパターンのみならず、専門領域を超えた新たなジョブステージで成功している博士人材も少なくないそうです。 そこで、名古屋大学博士課程教育推進機構のキャリア支援・教育部門において、博士人材のキャリア支援を牽引している一人である森 典華(もり のりか)特任准教授に、名古屋大学が独自に取り組んできた施策と、その背景に息づく人材育成理念や学生への想いについて語って頂きました。
―――名古屋大学 ノーベル化学賞受賞者―――
2001(平成13)年
野依 良治 理学研究科教授(受賞時)
『キラル触媒による不斉水素化反応の研究』
2008(平成20)年
下村 脩 理学博士(名古屋大学)、元理学部助教授
『緑色蛍光たんぱく質GFPの発見と開発』
―――名古屋大学 ノーベル物理学賞受賞者―――
2008(平成20)年
小林 誠 理学博士(名古屋大学)
益川 敏英 理学博士(名古屋大学)、元理学部助手
『クォークが自然界に少なくとも三世代以上ある事を予言する、対称性の破れの起源の発見』
2014(平成26)年
赤﨑 勇 工学博士(名古屋大学)、元工学部教授
天野 浩 工学博士(名古屋大学)、工学研究科教授(受賞時)
『明るく省エネルギーの白色光源を可能にした効率的な青色LEDの発明』
(掲載開始日:2024年8月2日)
名古屋大学の現在に至るまでの博士人材に対するキャリア育成支援をご紹介下さい。
名古屋大学(以下、名大)は、2017年に博士課程教育推進機構を設立し、現在はこの組織を中心に博士人材のキャリア支援活動を行なっています。また、従来からある全学のキャリア支援組織であるキャリアサポートセンターに、博士人材キャリア育成部門を設置し、教員が兼務をしています。学生や企業から見たときに、一気通貫して、各種のキャリア支援・教育メニューを提供させるのが目的です。
名大の博士人材のキャリア支援は、まず、2006年度の「キャリアパス多様化促進事業」において、博士の学位を取得した後に多種多様なキャリアパスを選択できるように個別相談とセミナーを中心とした支援からスタート。2008年度に採択された「イノベーション創出若手研究人材養成」では、博士後期課程・ポスドクを対象に、企業への長期インターンシップとキャリア相談、業界理解や基礎スキルセミナー等を実施してきました。
以降、2012年度の「ポストドクター・キャリア開発事業」、2014年度の「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業」へと継続・発展しました。近年では2021年度の「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」と「次世代研究者挑戦的研究プログラム」による博士人材支援を中心に、全学的な支援組織として活動しています。
以上のような施策を続ける中で、博士人材の実情や産業界のニーズを捉えつつ、支援内容が徐々に洗練され、協力的な企業の層も厚くなってきました。また、詳しくは後述しますが、こうした多種多様な施策を活用した後に、産業界の研究開発の最前線や専門性が求められるエキスパート職等で活躍している博士人材が確実に増えています。産業界かアカデミアかの二択ではなく、多種多様な場や役割で自身の適性を熟考して活躍しています。
博士人材のキャリア支援に関して重視していることは何ですか。
名大の博士人材のキャリア支援の多様な取り組みは、何よりも博士個人個人の将来の活躍を願うという強い想いから企画・実施されています。博士人材自らが動き出してキャリアの選択肢を集め、次のステージを納得して選択してもらいたいという考えを重視しています。支援者が恣意的に進路選択をリードした場合、例え進路が定まったとしても、それが本人にとって熟考しきれていない場合には、いずれ疑問が残るようなものになり、満足のいくキャリアは築けないでしょう。未来への選択肢を集めるために個人では得難い “博士人材に期待する多くの企業等と出会う機会” を創出し、本人の意思決定に役立つ情報をできるだけ多く提供するサポートをしています。また、博士人材が多様な人と出会う機会を模索し、交渉できるよう後押ししていくスタンスを取っています。
そんな名大では、様々なキャリア支援施策を行なっています。2006年の開始当初より最も重視しているのが個人面談です。博士人材の専門分野やその能力をベースに産業界をはじめとした各所で最も相応しいステージを見出していく……それはキャリア支援のベースになるのは言うまでもありません。しかし、進路に対しての希望や個人的な背景、生活・家族・経済環境等は博士人材一人ひとりで大きく異なります。そうした気持ちの部分や個々の状況を理解した上で送るアドバイスが、キャリア選択の成功への確度を高めるのです。特に特徴的なのは、名大では、博士人材のキャリア支援の専任教職員がいる以外にも、多学年を対応できるキャリアカウンセラー、メンタルヘルスを担う精神科医と十人を超える臨床心理士、多様な学びをサポートするアビリティ支援教職員、国際学生のアドバイジングを担う教職員をそれぞれ複数人配置していることです。アントレプレナーシップ教育にも力を入れており、専門の部署が担っています。学生たちにおいては、研究に多くの時間を割き、成果が表れないことに悩む博士人材の中には、ストレスフルな日々を送っている人もいます。既存の枠組みにはない、新たなことを生み出したいと思っている学生もいます。ダイバーシティや個人の特性に対応した生き方をしていく時代です。名大では、世界で活躍したいと思う学生を多く輩出するため、各種の専門家が連携して、多様な博士人材の、多様なキャリア形成をサポートしているのです。
相談後に、「人生は多様だということがわかりました」という言葉をよく聞きます。博士人材には自ら歩んできた研究分野から視野が広がらない人がとても多く、ときに行き先を見失ってしまうと先がないと思い込みがちなのです。実際は今まで築いてきた研究スキルは別領域でも活かせますし、新たな知見の確立を追求してきたマインドはイノベーションを重視する産業界等の各所から高く評価されます。個人面談は、自らの強みを自覚し、自分が多様な可能性を持っていることを気づかせることができる一つの機会でもあります。
現在行っている博士人材のキャリア支援施策を教えて 下さい。
月1回のキャリアガイダンスと日常の個人面談に加えて、注力するイベントが、「企業と博士人材の交流会」です。この交流会は、博士人材による研究等の自己PRで企業等へ博士の研究能力や人柄を知ってもらうことと、企業等がこれからの社会で何を実現させていきたいか、そのためにどういう人材を欲しているか等をPRする、双方向なイベントです。インターンシップや就職につながるケースも多々見られます。そればかりか、企業からのアドバイスで研究が前進するケースや共同研究の交渉にまで発展したケースもあります。一昔前は、企業が雇ってあげますよというスタンスであったけれど、今は企業も学生も対等で、お互いのニーズをマッチングさせる機会となってきました。
2023年度は学内外の博士人材147名と企業57社が出会う機会となりました(2024年度は200名、59社予定)。また、素粒子物理や理論数学、創薬科学、化学、生命農学、医学、工学、情報学といった理系分野のみならず、社会学や言語学、心理学や経済学等の文系領域からも博士人材が参加しています。大学には多様な研究分野の多様な人材がいます。その分野をそのまま職につなげようと思っている博士ばかりではありません。研究の過程で培った能力や経験を、様々な企業の人に見て頂きたいと思います。
他には、博士向けの多種多様なキャリアセミナーの実施と、産業界や行政機関、国際機関や起業する等して活躍する名大出身博士のロールモデルを提示する機会を設けています。「B-jin(ビジネス人材)セミナー」は、就職活動期研修、スキル研修、業界別研修のカテゴリーを意識して実施しています。名大は学内でもたくさんのセミナーやワークショップが実施されており、他学部の学生でも参画ができるものが多いのです。そのため、我々の部署では、他の場で開催される内容とはかぶらないよう、博士後期に必要な内容を講師と検討し実施しており、毎回数多くの博士人材の参加があります。業界紹介や、産業界でもアカデミアでもいかなる場でも活躍できるために必要なスキルアップ研修にとどまらず、産業界の第一線で活躍する講師自身から刺激を受ける機会となることを目指しています。
自分の産業界での近未来像をイメージすることにつながるロールモデルの提示も有効です。数年前に博士の学位を取得した名大OB・OGに語ってもらう現職までのキャリア形成の話は、博士人材たちのキャリア形成に多くの影響を及ぼしています。
ここまで紹介した施策のいくつかは、博士課程前期の学生や学部生の受講や参加を認めています。名大の学生全体に、博士の学位がその後のライフプランにおいて魅力的な選択であることを周知し、博士後期課程への進学の材料にしてもらいたいと思っています。また、他大学の博士人材にも解放しているイベントもあります。これは、多種多様な場で活躍する博士人材が社会で増加することで、これから輩出する名大の博士人材はもちろん、日本の産業界やアカデミアにも好影響が出るはずだと考えるからです。
名古屋大学が実施する、博士人材に向けたキャリア支援の具体的な成果をご紹介下さい。
産業界に進出することに価値を見出すことだけを目指しているのではありません。つまり一人一人の成功は専門分野に限定されず、多様さがあるということです。本当に自分に合った道を見つけてほしいのです。
これまでに多様なキャリアパスを歩んだOB・OGの実例はたくさんあります。例えば、鳥類の起源を研究していた博士人材が製薬企業のデータサイエンス部門に、人文学の研究者がIT企業へ、化学生命工学の博士人材が機器会社のマーケティングに、保健学の研究者が国連の政策やコンプライアンスに関わる部門に、さらには博士後期在学中に起業し、現在では上場もして数十人規模の会社に成長させている人等、数多く挙げられます。
森先生が博士人材支援に関わることになった経緯や想いをご紹介下さい。
私は名古屋大学農学研究科で修士(農学)を取りました。そこで学んだ知見を人間の加齢に伴う諸問題の解決に応用できるのではないかと考え、名大の医学系研究科老年科学の研究室で博士(医学)の学位を取得しました。その後、学術振興会特別研究員を経て名古屋女子大学家政学部食物栄養学科の助手に着任したのですが、その助手時代に、多くの学部生から様々な相談を持ちかけられたのです。研究や専門分野に関するものから、進路や就活のことまで様々でした。そうした学生とのかかわりの延長で、研究者のキャリアをサポートしたいと考えるようになりました。研究を遂行していく中で様々な力を身に付けていき、多様な場で活躍する人材を育成しサポートしたいと思ったのです。母校の名大で現在の職務の公募があるので応募しないかと声がかかり、研究職からキャリア支援の職務へのジョブチェンジを選んだのが2007年です。私が新たなキャリアを選択した経験や、大学での勤務と結婚、出産、子育てを何とか両立させてきたことは、今の職務の個別相談において経験を通したアドバイスにつながっています。
私自身もキャリア支援を専門とする中で、新たに学ばなければならないことはたくさんありました。一つには産業界に対する広範な理解です。これについては、博士人材のキャリア支援のために様々な企業と交流することで、研究内容や事業内容を聞き取り、理解と知識を深めています。近年は年間に100社は優に超える企業と個別に会うことで博士人材が目指す企業の選択肢の拡大を図っています。そうした企業各社との対話の中で得られる産業界の新しい情報や知識、それに企業の博士人材に対する想いを知ることが、キャリア支援を行っていく中で必要になる知見の源泉となっています。
それに加えて、名大を含め北海道大学や東北大学等13大学で形成する「博士人材育成コンソーシアム」の中での教職員との議論や交流が、新しい気づきやキャリア支援現場で活用できる知識の取得に役立っています。
博士・ポスドクへの応援メッセージをお願いします。
博士人材の皆さんには、これまでに高度な研究に取り組んできた自身の能力を信じてほしいと思います。そこには確かな価値があり、最善のキャリア選択をすることでその能力を存分に行使し、皆さんの夢の実現も大切にして、社会に大きく貢献する人材に巣立ってほしいと願っています。そこに至るまでにまだまだ回り道をしたり、立ち止まったりすることもあるでしょう。中断して別の道を選択するかもしれません。私をはじめとする名大の教職員は、そんな博士人材が前を向いて進めるように末永く支援したいと思います。
本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。
博士人材育成コンソーシアム
主な取組内容 | 3大学が連携する仕組みが整った2014年度から、そこで得られた人材育成のノウハウをより 多くの機関と共有し、更に発展させる活動を開始しました。その結果、2019年度までに9大学が参加機関として加入し、12大学が連携して主に博士人材を育成するコンソーシアムとなりました。12大学で2017年度に授与された課程博士の学位は3,159件で日本全国の授与数の約24%に達します。そして、令和4年度には東京外国語大学も加わりました。 |
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13大学の構成 | 代表機関:北海道大学 共同実施機関:東北大学、名古屋大学 参加機関:新潟大学、筑波大学、お茶の水女子大学、東京外国語大学、横浜国立大学、立命館大学、大阪大学、 神戸大学、兵庫県立大学、沖縄科学技術大学院大学 |
13大学の活動 | ●活動システムの構築 ・規模(学生数等)が異なる機関が連携する仕組み ・設置が異なる大学(国公私立)が連携する仕組み ・遠隔地(北海道~沖縄)の機関が連携する仕組み ●プログラムの共有 ・トランスファラブルスキル向上プログラムの共有 ・企業と博士人材のマッチングイベントへの学生の相互参加(年間9回実施) ・博士向け教育動画の共有(100本以上のアーカイブ) ●博士人材育成ノウハウの共有 ・プログラムへの教員及び学生の相互参加 ・各大学代表者による専門委員会の開催 ・連携大学及び企業等によるシンポジウムの開催 ・連携大学及び企業等による博士人材育成支援に関する研究会の開催 |