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博士の先達に聞く

博士人材の本質的な価値を産業界で活かすべく様々な取組みを展開する、北海道大学 大学院教育推進機構 先端人材育成センター。

Interview

博士号取得者のキャリアの現状を教えて下さい。


大学関係者、他大学、自治体、企業が繋がり、社会課題を解決する場として、またコワーキングスペースとしての機能や交流の場として、2023年10月にオープンした学内に誕生した「エンレイソウ」。

博士号を取得した若手研究者の多くは、腰を据えて研究できる安定した地位を確保したいと考え、アカデミアの用意するテニュアポスト(任期付きではない常勤の職)を目指します。
一方で、企業の研究職となって安定した雇用の中でキャリアを歩んでいくという選択肢を取りたいという博士もいます。
しかし学位を取得してもすぐにこの様な望んだ安定雇用が得られないことから、多くの若手研究者は短い任期のポスドクで研究成果を積み重ねることになりました。このポスドクについて、確かに短期契約ゆえに長期的な視野に立った研究は難しく、多くの場合はテニュアポストと比べて低い給与であり、そうした面では不遇な期間かもしれません。それでも、どの研究者にも次のステップが見つけられる助走期間的なスキームとして機能していれば、ポスドクを優秀な研究員に至るまでの健全なモラトリアム期間であるとして、それほど問題視されなかったはずでした。
ところが、次の任期を探すことに汲々とし、将来展望を描けない研究者が続出したことで、かつては問題となったのです。
こうした状況は、1990年代に政府が「ポストドクター等一万人支援計画」を立ち上げ、博士号取得者を増やす取組みの一環で、期限付きの雇用ポストを劇的に増やしたことに起因します。ポスドクを増やしたものの、その後のキャリアについては充分には考えられていなかったのです。
ただ、現在はこの問題は徐々にではありますが解消に向かっています。博士の価値を認め、十分な対価を用意して安定雇用する企業が増えてきたためです。


産業会では博士の採用を広げつつありますが、学生が自身の専門性や特徴を的確に伝えることが重要であると考えています。カウンセリングでは学生にそのことを意識するよう伝えています。

私は、新たに博士と産業界のマッチングが重要になってきたと認識しています。
博士の採用を広げつつある産業界ですが、現在の産業界はどんな博士でも良いから採用したいわけではありません。戦力としてすぐに活躍してほしいと言う期待は当然であり、企業が研究や開発を進めたい内容と博士の専門領域が一致する方が良いと言う要望を良く聞きます。
そのためにも、学生の側も、自らの専門性や研究者としての特徴を的確に伝える意識を持つ必要があります。
こうして企業が進めようとしている研究や開発にマッチする博士を採用し、その後の活躍で企業に大きく貢献できれば、博士の登用を拡大するという好循環にもつながります。私はそれを目指して博士のキャリア支援に関する数々の施策を進めています。
その一方で、博士と企業が求める専門性が完全に一致しなくても、専門を磨き続けてきた博士の探究心や論理的思考を活かせるポジションを用意すれば良い縁になるはずです。
まずは産業界と博士をマッチングさせて良い出会いを増やし、博士の持つポテンシャルを企業に理解してもらうことで博士を柔軟に採用したいと考える企業は増え、博士のキャリアの選択肢が広がれば、ポスドクも多くの博士にとって研究者キャリアへの有意義な通過点とすることができると考えています。

吉原先生の関わる博士のキャリア支援についてご紹介下さい。


「赤い糸会」
博士の採用に積極的な企業と大学院博士後期課程学生(DC)及び博士研究員(PD)等の若手研究者の交流の場。博士後期課程学生には単位認定をしています。
この会を通じて、学生が企業の研究開発について理解を深め、社会における基礎科学の重要性、企業活動の面白さ、ダイナミックさを認識することを目的とします。

「Advanced COSA」
企業の研究所長クラスを講師として、博士課程における教育や研究経験が、企業内での研究や企業活動においてどのように活かされているのか、また現在の企業が博士研究員や大学院博士課程学生に対して何を期待しているのか等、実例を交えて講義をしています。参加対象者には単位認定をしています。

私の所属する北海道大学の大学院教育推進機構は、大学院での研究・教育に必要な情報を発信し、全ての大学院生をサポートするとともに、大学院教育プログラムの運営、キャリア教育・支援などを体系的に行うために設置されました。
この下部組織となる先端人材育成センターは、主に若手研究者(ドクター・ポスドク)向け人材育成プログラムの企画、学生・研究者・指導者の就職動向や意識の調査解析、企業人脈の構築などを進めています。

2023年度の具体的な取組みとしては、企業活動を知り自分に合うキャリアパスを選択するスキルを磨くための「キャリアマネジメントセミナー」、研究者が戦略的に活動するための対話を演習で身に付ける「キャリアパス多様化支援セミナー:交渉力」、国内著名製造業を中心とする博士採用に意欲的な企業を招いて博士課程の学生と交流する場を設けるマッチングイベントの「赤い糸会」、企業の研究開発の第一線で活躍した経験のある研究部門長クラスの方と北海道大学大学院OB・OGであり企業のラボで活躍されている若手研究員たちを招き、企業の研究の実態やその魅力に触れるイベントである「Advanced COSA」等を主催しています。

私はそれぞれのイベントの責任者ですが、オンデマンド形式で開催する「キャリアマネジメントセミナー」では講師の一人でもあり、イノベーションや知的財産マネジメントについての講義から企画書の書き方など実践的な講義まで、併せて4つの講義を受け持ちました。
そこでは私が企業に在籍していた時に必要だと感じていたスキルについての内容を盛り込んでいます。修士・博士課程合わせて約450名の学生が受講しましたが、セミナー全体では企業の研究においては固定概念にとらわれない発想が大切であることを伝え、最後のレポートは学生に自分なりの事業を企画してもらいました。
「キャリアパス多様化支援セミナー:交渉力」も、私が企業に在籍していた時に重要だと痛感していた交渉力について、その大切さを理解してもらうためのものです。
「赤い糸会」は年に3回、1回あたり40名程度の学生を集め、20社近くの企業との密度の濃い交流を実現しました。
「Advanced COSA」では、講演者は企業で理系学生のロールモデルになり得る魅力的なキャリアを歩んできた方々であり、博士のキャリアパスやその歩み方について価値ある内容のお話を頂きました。
以上の数々のイベントと並行して、先端人材育成センターでは個性を発揮してこそ、博士として活躍できると考え、学生との個別面談を重要視し、積極的に実施しています。

また、当先端人材育成センターの博士人材を育成する取り組みは、北海道大学の枠を越え、他大学との連携も深めています。
我々北海道大学が代表機関となっている「博士人材育成コンソーシアム」は、東北大学、名古屋大学、新潟大学、筑波大学、お茶の水女子大学、東京外国語大学、横浜国立大学、立命館大学、大阪大学、神戸大学、兵庫県立大学、沖縄科学技術大学院大学の計13大学が連携し、博士人材育成プログラムや博士人材育成ノウハウの共有を図っています。

以上の数々の施策の成果としては、当センターには「Hi-System」という自由登録のコミュニケーションツールがあるのですが、この登録者が増加の一途を辿っていることが学生たちはキャリアを真剣に捉え始めたという萌芽を示しています。また、民間企業への就職者も徐々に増えています。
ただし、これはあくまでも結果であり、民間企業への就職率を高めるのが当センターの追い求める目標ではありません。
アカデミアに進むことを望む学生も依然として多く、学生がより自分の納得のいく就職をする、産業界に活躍できる場を見つけるのをサポートすることこそが我々の役割なのです。

吉原先生のこれまでの経歴をご紹介下さい。


吉原 拓也教授は、北海道大学卒業後、1990年にNEC入社。半導体プロセスの研究開発、NECグループ全体の知的財産の調査分析及び戦略立案・実行に携わりました。
研究内容を社会に実装させる戦略の重要性を感じ研究者としての路線から大きく方向転換しました。全国13大学で構成される「博士人材育成コンソーシアム」 のコーディネーターでもあります。

私は北海道大学大学院で原子工学科の修士課程を修了後、日本電気株式会社(NEC)に入社しました。
在学時は中性子の研究をしており、筑波の高エネルギー物理学研究所に実験装置があったことから札幌から定期的に通っていて、そこでNECの研究員と知り合い、NECの基礎研究所で働くことになったのです。

NECでは半導体製造技術の先端を拓くX線を利用した次世代のリソグラフィー(露光)の研究に取り組みました。また、その当時に大阪大学で論文が認められ博士号も取得しています。
ところがX線露光技術は有効なデータが取れていたにも拘らず様々な状況変化から世の中に出ることはありませんでした。
私は研究内容を社会に実装させるための戦略が重要であることを痛感。そこで研究者から路線変更し、NECの知財部門に異動を申し出て、情報戦略グループを立ち上げたのです。
そのような経験の中で、発想力があり、研究を通して成果にまとめ上げ、さらに社会で実現していくような戦略・企画に長けた研究者を育てるのが重要だと考えるようになりました。そのタイミングで、母校から現在の私のミッションを公募しているが応募してみないかと言う声がかかったのです。私としては、まさに手掛けたいと考えていた仕事でした。

博士・ポスドクのキャリア形成についての提言をお願いします。


博士・ポスドクの持つ高い能力を、最もイキイキと活かす場所を探すべく、先端人材育成センターがサポートしています。(左より 和田肖子特任准教授、吉原拓也教授、片垣麻理子特任助教)

私が国に対して訴えたいのは、博士の数が諸外国に比べて少ないことを理由にして、博士の数を増やすことを目的にしてしまうと、かつてのポスドク問題をまた引き起こしかねないということです。
博士がもっと活躍できる社会に変えていく様々な施策に取組むことで、博士の社会的価値は今以上に上がり、学部を卒業後に修士課程、博士課程へと進む学生が増え、自然に博士の数は増加するはずだと考えているからです。

産業界に対しても、博士の本質的な能力を知って、もっと生かしてほしいと考えます。世界を変える、世界をリードしていくような製品を作り続けるには、博士の尖った発想力や問題解決力、成果を得るまでに挑み続ける忍耐力が不可欠です。
そして、そのためには博士が存分に活躍できる研究環境や待遇を用意してほしいと思います。
たとえ企業の研究開発ビジョンと博士の専門性の間に途中でズレが生じたとしても、博士には新しい課題に挑む対応力があります。産業界全体でキャリア採用による博士の流動性を上げることも可能ですし、そうした状況に至ることを期待しています。

博士・ポスドクへの応援メッセージをお願いします。

博士課程を終えて博士の学位を取得する学生は、同年齢の中で約0.5%に過ぎません。200人に1人の貴重な人材なのです。
研究が好き、新しいことに挑戦できる、それだけでも社会にとって貴重な、価値のある少数者と言えるでしょう。皆さんは分からないことを解るまで学び抜く力があり、課題を深く考え、常識を疑って新しい意味を導き出す力があります。その能力は専門の延長上にある研究職で発揮できるのはもちろん、それ以外の色々な研究領域や技術分野からも必要とされています。
自ら最もいきいき輝けるポジションを、博士という学位にふさわしい活躍の舞台を増えつつある様々な選択肢の中から、是非見つけてください。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

Information

博士人材育成コンソーシアム

主な取組内容 3大学が連携する仕組みが整った2014年度から、そこで得られた人材育成のノウハウをより 多くの機関と共有し、さらに発展させる活動を開始しました。その結果、2019年度までに9大学が参加機関として加入し、12大学が連携して主に博士人材を育成するコンソーシアムとなりました。12大学で2017年度に授与された課程博士の学位は3,159件で日本全国の授与数の約24%に達します。そして、令和4年度年には東京外国語大学も加わりました。
13大学の構成 代表機関:北海道大学
共同実施機関:東北大学、名古屋大学
参加機関:新潟大学、筑波大学、お茶の水女子大学、東京外国語大学、横浜国立大学、立命館大学、大阪大学、 神戸大学、兵庫県立大学、沖縄科学技術大学院大学
13大学の活動 ●活動システムの構築
・規模(学生数等)が異なる機関が連携する仕組み
・設置が異なる大学(国公私立)が連携する仕組み
・遠隔地(北海道~沖縄)の機関が連携する仕組み
●プログラムの共有
・トランスファラブルスキル向上プログラムの共有
・企業と博士人材のマッチングイベントへの学生の相互参加(年間9回実施)
・博士向け教育動画の共有(100本以上のアーカイブ)
●博士人材育成ノウハウの共有
・プログラムへの教員および学生の相互参加
・各大学代表者による専門委員会の開催
・連携大学および企業等によるシンポジウムの開催
・連携大学および企業等による博士人材育成支援に関する研究会の開催
※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。