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産業界で活躍する博士インタビュー

複数の技術部門長を歴任する中で博士人材の価値を深く認識し、 その活用を推進してきた三菱電機 古藤悟氏。

Interview

古藤様が三菱電機で開発本部技術統轄に至るまでのご経歴を紹介下さい。


開発本部に所属する先端技術総合研究所で開発を進める、次世代超大型望遠鏡(TMT:Thirty Meter Telescope)の世界初の分割鏡交換システム。TMTは宇宙で最初に生まれた星「ファーストスター」を捉え、新たな生命の存在に迫ろうとしている日本・米国・中国・カナダ・インド5カ国による共同プロジェクトでハワイ・マウナケア山頂に建設予定。

私は大阪大学の大学院工学研究科で産業機械工学を専攻し、1980年に博士前期過程を修了しました。専門は燃焼工学で、研究対象はブンゼンバーナーのような燃焼器の軸対象2次元乱流拡散火炎中の燃料・空気の流速場、燃焼に伴う乱流化学反応、反応に伴う温度場等についてのシミュレーション予測法です。
その当時、同じ研究室に韓国から留学していた博士課程の方が、燃焼器の実験系に対してレーザードップラー流速計を用いた先進的な計測技術の研究を行っていました。そして、その研究で彼が得た火炎中の速度場、乱れ度、温度場、化学種の分布データをいただき、私が行ったシミュレーションの結果と比較・検証。その結果、自作したCFD(熱流体数値シミュレーション)のソフトウェア、乱流モデル、乱流化学反応モデルの完成度を高めることができました。その際に、この研究者の博士課程で未踏の研究や実験に真摯に挑む姿勢や、そこから生じるプロジェクト推進能力に触れたことにより、私の後の研究者キャリアは大きな影響を受けたのです。

ただ、その時は博士後期課程に進学するつもりはありませんでした。産業界で技術者として活躍したいと考えていたからです。ところが就職活動が後手に回ったことから、希望企業への就職を断念。そうした状況を知った学部時代の指導教官が、工学部機械工学科の助手に迎えてくれたのです。助手として勤務した期間は1年半ほどに過ぎませんが、希望していた燃焼の研究(CFDをより適用範囲の広い3次元拡張に取り組む)を更に進めることができたので、とても貴重な時間となりました。

幸いなことに、縁あって1981年9月に三菱電機中央研究所に経験者採用の枠で入社することとなりました。それから技術研究職として勤務する中、入社10年目の1991年に論文博士で工学博士の学位を取得しました。論文の内容は、大学院で研究に着手したCFD解析の、企業の研究への適用です。当時、現在のように市販のCFDソフトがなく、研究に適用している企業はほんの僅かだったことも幸運でした。その後、研究開発業務に軸足を置きつつ、阪大機械系採用マネージャーを兼務し、母校である大阪大学の機械系5学科から博士・修士人材を採用する役目を担いました。
そして入社20年目に住環境研究開発センター空調技術開発部長に就任。さらに先端技術総合研究所機械システム技術部長、電機技術部門統轄、環境・エネルギー・材料技術部門統轄等を歴任し、2009年に長崎製作所の副所長に就任し工場経営も経験。2012年には開発本部役員技監(技術系社員における役員相当のポジション)を任じられています。

三菱電機が重電システムから産業メカトロニクス、家電製品、電子デバイス、情報通信システムなど広範囲にわたる電機・電子事業のコングロマリット企業であることが背景にありますが、私のキャリアは大学で専攻した機械分野の研究技術者に留まらず、電気や材料研究の部門責任者及び事業経営の一員、そして会社全体の技術統轄責任者にまで広がって今日に至っています。

アカデミアから企業に就職する意義をどのように感じられていますか。


アカデミアでは、専門領域を深めることが出来ますが、企業では、専門外の領域も研究する必要性が発生します。これによって、これまで思いつかなかった発想やアプローチによて大きな成果が出る可能性が高まります。

アカデミアにおける研究では教授の指導やサポートはありますが、研究テーマを自由に設定し、それを自らの判断で進めることができます。そのため特定の領域における専門性を深めることが可能になります。一方で、企業では現在もしくは将来の事業に貢献することを念頭に置いた研究を進めなければなりません。よって、大学で極めた専門性と企業が求める研究内容が完全に一致するケースは極めて稀です。それでも、自らの専門性をベースに企業側が求める研究領域に視野を広げ、複数の専門性を掛け合わせることで大きな成果を生み出すことが可能になります。

私自身も燃焼工学の研究で完成間近まで漕ぎ着けたCFDのプログラムを、大学側に許可をもらって持ち出し、入社後も完成度を高めながら会社から設定された様々な研究テーマに適用していった結果、数々の成果に繋げることができました。オープンショーケースのエアカーテンの外気遮断性能向上や、縦流換気方式の長大トンネル火災時における排煙性能の検証、半導体エッチング装置・CVD装置の加工性能向上、高層ビルのビル風のもとでの空調室外機の吸込み・吐出し気流解析によるビル風対策、新幹線の走行速度向上に伴う空調室外機の熱交換性能確保など、燃焼工学から大きくかけ離れた研究領域でも技術の進化や課題解決に寄与することができたのです。

三菱電機では博士人材の価値をどのように考えておられますか。

三菱電機では社内の博士号取得者に対して、技術的な課題がキーとなるプロジェクトのリーダーを担ってもらい、それに加え専門技術領域において各部門からの技術的な相談に対応し、同時に後進を育成する存在と考えます。対外的に当該技術領域における三菱電機の顔となることを期待しています。まさしく、三菱電機の先進技術を様々な領域において牽引する存在と位置づけられているのです。

過去に大阪大学対象の採用マネージャーを兼務し、三菱電機に数多くの博士人材を受け入れてきた私個人としても、博士人材には極めて高いポテンシャルが備わっていると考えています。まず、博士人材が持つ研究を自ら推進して博士論文にまとめ上げる能力は、企業においてリーダーとなり、プロジェクトを推進する力に置き換えることができます。次に、学部4年・修士・助手の5年間で磨いてきた高度な専門性は、これを先鋭化・深化させるだけでも高い価値を持ちますが、さらに新たな複数の別領域の専門性を獲得し、掛け合わせることでイノベーションを創出する可能性を引き寄せられます。実際に責任者を任された各開発部門において、部下の博士人材のそうした活躍場面は幾度も見てきました。

以上のように博士人材の活躍を期待するばかりではなく、三菱電機では特定技術領域の第一人者としての価値と実際の業績を高く評価し、通常のマネジメント職とは別枠で昇給・昇格制度を設けています。一般的な課長に相当するのがEK(主席技師長)、部長がEB(主管技師長)、所長がEM(技師長)、役員理事がF(役員技監)であり、生涯にわたって研究・開発の最前線から離れることなく昇給・昇格が可能になっています。(EK、EB、EMは2024年4月に各々AE、CE、PEに呼称変更)

採用実績を見ても博士人材の採用意欲は高く、開発本部では毎年の新卒入社社員の10〜20%を博士号取得者が占めています。博士前期課程修了者(修士)も80%〜90%に上り、学部卒で新卒入社する社員はレアケースです。

古藤様が理事を務められる 『C-ENGINE』 の社会的役割と展望を教えて下さい。


開発本部 先端技術総合研究所 (兵庫県 尼崎市 塚口本町) 1995年に中央研究所、材料デバイス研究所、半導体基礎研究所を統合し、設立されました。その後、産業システム研究所と映像情報開発センターを統合し、三菱電機グループの最先端技術の研究開発拠点として、基礎研究から次世代製品・サービス開発まで幅広い新技術開発を推進しています。

私が前任理事から産学連携の中長期研究インターンシップを推進するC-ENGINEの理事を引き継いだのは、2016年のことでした。C-ENGINEは様々な大学院の多くの博士人材と企業の研究開発部門を結びつける役割を果たしてきましたが、インターンシップという表現から博士人材を産業界に迎えるためだけの仕組みであると捉える誤解が生じています。もちろん博士人材の進路は本人自身が最適解を選択すれば良く、望ましい就職のきっかけになればそれは成功事例で間違いはありません。しかし、C-ENGINEのインターンシップは研究そのもののマッチングを行い、それが産学共同研究の起点にもなり、その存在意義は決して企業側の人材採用目的だけに留まるものではありません。

C-ENGINには、前任の理事からも引き継ぐことを依頼され、私も共感して重視していたもう一つの重要な役割があります。それは、「将来アカデミアに就職する方に産業界の研究・開発の現状を体験いただき、その経験をアカデミアの研究活動に活かして頂く」というものです。実際に大学で流行りの研究テーマが、実は時代遅れで産業界は必要としていないというケースもあります。大学の研究テーマが産業界の要望と完全に一致する必要はありません。しかし、少なくとも産業界の動向を念頭に置いて研究テーマを策定することで、社会の期待やニーズを捉えた研究に向かえるはずです。この点でもC-ENGINEは重要な役割を担うと考えているのです。

次に、博士人材は中長期のインターンシップでは、自分の研究テーマの延長上にある募集テーマを期待しがちですが、一部はそのようなマッチングはあるものの、大半はそうした単純なマッチングはしていません。イノベーションは核となる研究領域と一見して関係のない別の領域と融合することで生まれるケースが多々あります。博士人材にはC-ENGINEのインターンシップで自分の知見を企業の募集テーマに適用することで革新的な成果を出そうと考え、企業は募集テーマと直接の関係のない研究テーマを持つ博士人材を戦略的に迎え入れて、想定外な大きな成果が生まれると考えています。

最後にC-ENGINEが今以上に拡⼤発展させていかなければならないと考えているのが、⽂系インターンシップの拡充と海外インターンシップの環境整備です。これまでC-ENGINEの中⻑期インターンシップは理系の博⼠⼈材が対象でした。企業と博⼠⼈材の共同研究⽬的の交流で顕在化していたのが理系のテーマばかりだったからです。しかし、⽂系のインターンシップニーズが皆無であるはずはありません。過去には、⼈事関連テーマを研究している博⼠⼈材と交流して企業の⼈事政策の策定に協⼒してもらいたいと希望する三菱電機の人事部門に、神⼾⼤学経営学研究科の博⼠⼈材をマッチングしてインターンシップを実現したことがあります。この時の成果は企業が想定し得ない、優れたものでした。そのためには企業側に、研究開発部⾨以外にも、インターンシップ受け⼊れに関与する⼈材または部署が必要だと考えています。

海外インターンシップにおける最大の課題は、費用面だと考えられます。過去に三菱電機の海外拠点と協力してインターンシップの実施を進めたのですが、応募者が集まらなかったのです。弊社の海外拠点でかかる費用は用意したのですが、渡航費まではカバーし切れなかったことから、応募を検討した博士人材が手を挙げることができなかったと推測しました。当時、「とびたて」などの国の海外渡航支援施策はありましたが、応募から支給まで1年程度を要し、その利用は現実的ではありませんでした。国の施策で、博士人材の海外への渡航費や現地費用を支援頂くことを望んでいます。

博士・ポスドクへの応援メッセージをお願いします。


博士人材には自身が研究してきた領域だけに固執せず、違う分野へ研究を拡げて欲しいと思います。また、企業に就職しても、その企業になかで自身の知見の適用先を探し、そこで成果を出して欲しいですし、その能力は充分に持ち合わせているので自信をもって行動する事を期待します。

博士人材は、価値のある専門性を身につけています。それを発展・深化させていく研究は大きな成果をもたらすでしょう。しかし、今までとは異なる新しい分野・領域の研究に手を拡げることも厭わないで欲しいと思います。自分の専門ではないから拒絶するような姿勢は、折角の新たな知の探究とそれによる成果を遠ざける、勿体無い姿勢です。それに、どの分野であっても手掛けることで新たな面白さを見つけることが出来ます。博士人材の皆さんは一つの領域を極めた時の手応えを覚えているでしょうが、それも再び味わう事が出来ます。
私も三菱電機に入社後、本来の機械工学からテーマを転換し、電気や材料など様々な技術分野の研究開発に従事しました。会社の辞令に従うばかりではなく、社内での活動から自身の知見の適用先を探索し、新たな成果を手繰り寄せることもしています。そして、その度に新しい面白さや手応えを感じてきたのです。これからの長い年月、自らの価値を発揮するステージを積極的に拡げていかれてはいかがでしょうか。

本日はお忙しい中、長時間に亘りご協力頂き、ありがとうございました。

※この記事の所属・役職・学年等は取材当時のものです。